スカウトマンは、仲間を召喚する。
「何の力もないのに、口だけは達者ね」
アルファは、指先をイストに向けた。
「ではこの状況を切り抜けて、貴方の力を示してみなさいな」
彼女の言葉と共に、赤い光がこの場に集ってくる。
現れたのは、細く長い純白の翼を持つ何かだった。
一様に、同じ姿をしている。
男とも女ともつかない滑らかで真っ白な陶器に似た肢体に、優美な兜に似た頭部。
両手には刃のない剣と、腕と一体化したような盾。
完成された造形の異形は、それだけで見れば途方もなく美しい。
しかし、体を包む黒みがかった赤い光が、表情もなく音も立てないそれをどこか禍々しいモノに見せていた。
「なんだこいつらは?」
「さっき言ったじゃない。神の軍勢ーーー邪悪を断罪する天使たちよ」
「へぇ、俺にはそいつらのほうが邪悪に見えるがな」
天使たちからは、相変わらずきな臭さが漂ってきている。
ーーー操り人形か……?
この臭いの正体が天使と呼ばれているこの妙な奴らだとするなら、近づいて来たのに香りの濃度が変わらない原因はその辺りだろうと思われた。
天使と呼ばれたその存在には、意思がないのだ。
ただ命令に従い敵に牙を剥くのか、あるいはその全てを誰かが……例えばアルファが、操っているのか。
イストはそんなことを考えながら、彼女に向けて言葉を重ねる。
「そいつら、強いのか?」
「少なくとも姑息な貴方よりは、よほどね」
天使たちを従え、宙に浮いたアルファはそこでようやくチラリと人間らしい感情を見せる。
「人の技を盗み取って、一回使うだけのスキル。魔王の真似事をして、少しだけ強くなるスキル。ーーー知っていればいくらでも対処できる、あなたの力はその程度の脆弱なものよ」
ぞわりと銀糸の髪がたなびき、憎悪の気配が膨れ上がる。
「その技で、騙し討ちのように……オメガを殺した」
「おおよ、俺は弱ぇさ」
イストは軽く首を傾げ、自嘲を込めた笑みを浮かべながら、それでも胸を張る。
「だからこそ、出来ることは何でもやる。そして他人を利用し……利用した相手に利益があるように振る舞うんだ」
自分の戦い方が、薄汚いものであることなど、今さら指摘されるまでもない。
今だって、カイをそそのかし、クスィーに危険を冒させ、ミロクを、アイーダを、ゼタを盾にして戦っていたのだ。
そして最後の最後に、美味しいところをさらっていく。
「俺は〝四天王最弱の男〟だ。ーーーだがな、そうした戦い方で、俺はお前さんにはない〝力〟を得た」
「へぇ、どんな力かしら? この状況をどうにか出来るほどの何かがあるなら、見せてみなさいよ」
「いいぜ」
イストは、胸元から【風の宝珠】を取り出し、先ほどからずっとつなぎ続けていた相手に呼びかける。
「お相手さん、手の内全部見せたみたいだぜ? お前さんたちも、来いよ」
『じゃ、行こうか』
最初に響いた返答は、四天王の女悪魔ツヴァイのものだった。
『フィーアも、もうすぐそっちに着くよ!』
『相手の狙いを割るついでの時間稼ぎ、ご苦労様』
続いてフィーアと、ドライの声が響き……イストの左右で、二つの魔法陣が浮かび上がる。
「……!」
「俺の力は、絆だ。ーーータウと袂を分かったお前さんにゃ、持ち合わせのねぇ〝力〟だよ!」
ヒュゴゥ、と音を立てて、上空を何かが駆け抜ける。
すると、幾つかの天使たちとは違う輝きが地上で炸裂し、辺りに何かの衝撃波を撒き散らした。
人間や草木に影響のないそれは、ツヴァイが作ったというラフレシアンを焼き払う爆弾。
暴威とともに軋みに似た魔獣の鳴き声が響き渡り、赤い輝きが森から消えていく。
「……まさか、受胎前のラフレシアンを……!?」
「孵化した天使にゃ効果がねーみてぇだが、戦力は削げたな」
イストの言葉と同時に、ドン! と音を立ててイストの前に降り立ったのは、蝙蝠に似た巨大な翼を備えた何か。
こちらに背を向けているそれは、長大な二本のツノを頭から後ろに向けて生やし、両手足に鱗とかぎ爪を備えている。
長大な尾をゆらりと揺らめかせたそれの体躯は、翼と尾に比してひどく小さい。
人間に似た本体は緑髪のショートヘアで、身長はイストの胸元ほどまでしかなかった。
彼女は、グッと拳を握りしめ……いつまでも幼さを残す可愛らしい顔をこちらに向ける。
「フィーア、さんじょーだよ!!! イスト、元気してるー!?」
魔王軍最強の単体戦闘能力を誇る竜戦士フィーア・スキャットは、顔に竜の部族特有の刺青を入れた顔で天真爛漫な笑みを浮かべた。
続いて、左の魔法陣からゆらりと姿を見せた一人は、ドライ・ファルセット。
「ラフレシアンが、天使召喚の媒体になっているとは知らなかった。私としては、その事実に一番興味がある」
長く鋭い牙を伸ばし、いつもの制服の上に彼女の戦闘装束である赤い裏地の黒マントを羽織っている。
フチなしメガネの奥にある無表情な美貌を彩るそれらを備えた姿が、彼女の本性だった。
四天王随一の頭脳を誇る才媛である。
そして最後の一人は、右の魔法陣から。
羊のような二本のねじれた角を頭の脇に生やした、紫の髪に褐色の肌の美女。
胸元どころか肩の半ばまでむき出しになった、黒く体のラインがはっきりと浮かぶタイトなドレスを身に纏っている。
背が高く、幼女のようなフィーアやピシリとした雰囲気のあるふドライと違い、色香を振りまくようなメリハリの効いた体つきをしている彼女は、生き生きと笑みを浮かべている。
「やぁ、イスト。君が行く先々では、いつも楽しいことが起こるね?」
「どこが楽しいんだよ」
この女悪魔は、相変わらず夜になると調子が良いようだ。
イストは、彼女に対して渋面を浮かべてみせる。
フィーアが最強の単騎決戦能力を持つ戦術兵器とするならば、彼女は戦略兵器である。
都市一つを吹き飛ばすほどの膨大な魔力と、それを操る制御能力を備えーーー実は、四天王の中で誰よりも好戦的。
そして。
「おやおや、恋人に対して随分とつれないな」
「いつから俺がお前さんの恋人になったんだ。夜のお誘いを受けた覚えはねーぞ」
「ボクは、欲しいものは全部自分のものにするんだ。君も当然、例外ではないんだよ。手に入らないものほど欲しくなるものだ」
自信をつけすぎて、出会った時から一番変化したのがこの女だった。
稀代の魔力を持つ女悪魔ーーーツヴァイ・メゾ。
「久々に全員揃ったところで、始めようぜ」
イストは、笑みを消したアルファを見上げて逆に笑みを浮かべてみせる。
「勇者パーティーを破った、魔王軍最強の三人だ。ーーーいくら天使を従えても、一筋縄じゃ行かねーぞ?」




