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スカウトマンは、啖呵を切る。


「ゴ、ホッ!」


 大きく咳き込んだタウは、ヒュゥ、と喉を鳴らした。

 《剛竜烈破》を叩き込んだダメージで、喉に血が絡んでいるのかもしれない。


「よう、気分はどうだ?」

 

 顔を覗き込んだイストが、天高く薄雲を纏う満月を親指で示すと、タウはそれをぼんやりと見上げてから目を見開いた。


 そして、右手を震わせながら顔の前に持ってくる。


「からだ、が……?」

「満月花を見つけた。少し待ってろ」


 イストはユグドラの絞り汁が入った小瓶をスティから受け取り、最後の一滴を口の中に垂らす。


「ーーー!」

「はっは、不味いだろ」

「……懐かしい味だよ。おかげで、完璧に目が覚めた」


 勇者パーティーで冒険していた時にでも飲んだことがあるのだろう。


 顔をしかめつつも、左腕の傷も塞がり内臓の損傷が癒えた様子のタウは身を起こし、口元にこびりついた血を手で拭いながら問いかけてくる。


「何が起こった?」

「その話は、後にしとこう。満月花の使い方が分かったのは、あの女のおかげだ」


 イストが背後を示すと、タウが村人の墓碑の前に立つもう一人のクスィーに目を向けて、納得したようにうなずいた。


「なるほどな。俺は、お前に負けたのか……」

「まともな思考が残ってりゃ、結果は違ったかもな」


 そうイストが答えた直後に、様子を見守っていたもう一人のクスィーがクスクスと笑みを漏らす。


「勇者パーティーの拳闘士も落ちぶれたわね、プサイ。せっかく力をあげたのに」

「返す言葉もないが、貰ったのは力じゃなくて呪いだろうが」


 険がありつつも、どこか親しげな二人。

 イストは薄々相手の正体を察しつつ、タウに問いかける。


「あいつは、一体誰だ?」

「……アルファだよ」


 予想通りの返答だった。




 ーーーその名は、元・勇者パーティーの聖女だった女の名前。




「アルファ……? それが、クスィー様の肉体を奪った貴様の名か!」


 アイーダの鋭い問いかけに、もう一人のクスィー……アルファは悲しげな顔をする。


「あら、他人行儀な言い方ね、アイーダ。昔は敬意を払って接してくれたのに」

「なんだと……?」

「貴女たちには、ディ・ガンマと名乗ったほうが通りが良いとは思うけど」


 そう告げたアルファに、アイーダは大きく目を見開き、ゼタが息を呑む。


「聖教会の大聖女……!」

「よくも抜け抜けとこんなところに!」


 相手の正体に気づいた双子がいきり立つが、アルファは自分の胸に軽く手を当てた。


「あら、殺す? 良いわよ。死ぬのは貴女たちのご主人様の体だけど、それでも良ければ」


 子どもをあやすように優しい口調でそう告げた彼女に、ゼタとアイーダは怯んだ。


 その様子を眺めながら、アルファがチラリとクスィーを見る。


「貴女には申し訳ないことをしたわね。でも、このまま大人しくしておいてくれれば、貴女たちにはこれ以上の手出しはしないわ」

「……なぜ、私の体を奪ったのですか?」


 青ざめた顔で奪われた自分の肉体を持つ相手を見つめていた少女は、きゅ、と唇を引き締めて問いかける。

 するとアルファは、こともなげに即答した。


「目的のために必要だったから」

「そう……ですか」


 聖女の言葉に軽く目を伏せた後、クスィーはポツリと言葉を漏らす。


「では、その体がなくなれば、貴女の邪魔が出来るのですね」

「あら、面白いこと言うわね」

「アイーダさん、ゼタさん」


 再び目を上げたクスィーは、前に大きく手を差し出して決然と告げる。


「構いません。私の体を殺して下さい」

「「姫様!?」」

「クク、良い覚悟だ」


 驚いて振り向く双子に、ミロクが茶化すような声を上げて後押しするが。


「やめとけ。お前さんの体を生贄に捧げたところで、大した時間稼ぎにもなりゃしねーよ」


 イストはそのやり取りの間に起動した【風の宝珠】を胸元に仕舞いながら、制止して立ち上がる。


「ですが……!」

「お前さんの覚悟は立派だが、そいつはその程度じゃ止まらねぇ。また別の手段を考え出すだけだ」


 絶望の香りをさせているアルファの、その動機を考えれば。

 多分彼女は仮に一人になったところで、あるいはどんな手段を用いてでも、想いを遂げるつもりだろう。


「なぁ、タウ」

「なんだ」

「……アイツは、オメガの恋人だったのか?」


 イストの問いかけに、タウは眉根を寄せて押し黙る。

 彼の態度が、如実に質問の答えが正解であることを表していた。


 オメガにトドメを刺した時の取り乱し方から、ほぼ確定した話ではあったが。


「あの決戦の後から、アルファは変わったんだろう?」

「……俺を人狼化したのは、アイツだ。お前に気づきながら放置した俺への〝罰〟らしい」


 皮肉そうにそう答えたタウは、地面に腰を下ろしたまま両手を広げる。


「アイツは、不老の秘術を行使して若いままに寿命を伸ばした。テメーらに復讐するためにな。もう一人のパーティーメンバーだった魔導士はその提案に賛同し、俺は降りた」


 そんだけの話だ、とタウが言うと、アルファが目を細める。


「人狼として理性を失う直前まで我慢するくらい、その男に義理立てして。貴方は本当に堕ちてしまったわね、プサイ。すぐにその男を殺しておけば、苦しまなくて済んだのに」


 ーーー私も、満月花の作り方くらい知っていたんだから。


 そう微笑むアルファを、タウは一言で切って捨てる。


「不毛だろうよ。オメガの望んだ世界は、イストの手でもう来た。思い描いた形とは違ったかもしれねーがな。これ以上動いても、また不幸を増やすだけだ」

「……」

「だが、止めたところでテメーは止まらねぇんだろ? だから、俺は降りたのさ」


 アルファは目を細め、微笑んだまま答えない。

 タウはそんな彼女に諦めと吹っ切れたような乾いた態度を見せながら、ニヤリと笑みを返す。


「今の俺は、村のしがないギルドマスター、タウだ。テメーへの義理は果たし、人狼としてもイストに止められた。……俺を殺すか?」

「そうしてもいいけど、日和った貴方を苦しめることが目的だったのだから、勝ってても負けててもどちらでもいいわ」


 アルファは、クスィーの顔をしながらも、彼女では決して言わないような酷薄な言葉を告げた。


「どうせ、貴方は放っておいても寿命でもうすぐ死ぬでしょう?」

「そうだな、俺にはもう居場所もねぇ。……ラフレシアンの種と引き換えに、その体を奪うのにも協力したしな」


 彼の諦念の理由はそれなのだろう。

 人狼化が解かれてから抵抗しない理由も、そこにあるように思えた。


 カイの言った通り、彼は人狼となる自分が止まるために、悔恨することを知りながらクスィーの体を奪おうと画策した聖女に、協力したのだ。


 すると、アルファはそこでふと気づいたように唇に指を当てる。


「そうーーーその、ラフレシアン。それもまた、私に利する存在よ」

「何?」

「教えてあげましょうか?」


 聖女は、優雅な所作で大きく腕を振り上げる。


「あれの正式名称は、〝ラーフドレイリング・シーズ・アンジェラス〟というの」


 彼女の仕草によって何らかの魔法が発動したのか、ザワリ、と山中で何かがざわめく気配がした。

 同時に、ひどいキナ臭さが辺りに充満する。


 ーーーこりゃヤベェ。


 イストは内心で呻いた。

 焦げ臭さほど直接的な危機の香りではないが、良からぬことが何か起こっている時のものだ。


 アルファは、そんなこちらの様子を気にもせず、恍惚とした表情で言葉を重ねた。


「ラフレシアン、というのは、古代語の短縮形として定着した名称なのよ。その本意は『天なる父の与えたもうた天使の種』……私に、魔王に抗する力を与えてくれる、至上の草花……!」


 ギィィィイイイ!! と、遠くで一斉に何がか軋むような音が響き渡った後、次々と卵が割れるような音とともに、山のそこかしこで光が灯り始める。


 それは、炎に似た赤色の光。


 聖剣の浄火の鎧とは似て非なる、どこか毒々しい色合いの赤だった。


「なんだ……!?」

「力の気配が、膨れ上がっているようだのう」


 アイーダが気配を察して辺りを見回すと、ミロクもさすがに厳しい顔でそう口にする。


 腕を下ろしたアルファは、山の中で弾ける光と同じ色合いの輝きを薄く身に纏い、ふわりと宙に浮き上がった。


「オメガの理想は、まだ成されてない……『人の世を平和にする』というその理想を継いで、私は、魔族を根絶やしにするわ」

「……そんなことをしても、平和は来ねぇよ」


 イストは立ち上がると、アルファを睨みつけた。


「お前さんが俺を恨むのは当然の話だ。魔族を憎く思うのもな。……だが、その憎しみにこれ以上、他人を巻き込むってんなら俺はお前さんの行為を許すわけにゃいかねぇ」

「罪人であることを自覚するのなら、大人しく殺されてはどう? オメガのように、潔く」


 その言葉に、イストは薄く笑みを浮かべた。


「ありえねぇな。俺は、そのオメガよりも生き汚く在ることで、俺の望む世界にたどり着いたんだ。ーーーそれを邪魔するってんなら、容赦はしねぇ」


 自分一人を殺すというのなら、命を差し出しても良かった。

 そのまま、アルファが誰も害さず後の人々を導くというのなら、むしろ喜んで死ぬくらいのものだ。


 だが奴が漂わせるのは絶望の香り。

 すでに自分の目的のために、クスィーを、そしてタウを利用した。


 ーーーイストは、一方的に利用する関係を築く奴を信用しない。


「罪人で大変結構だよ、アルファ。俺は耳に優しい正義や、甘い理想のために戦ったわけでも、今生きているわけでもねぇ」


 ただ、現実的に、大多数の者が平和に生きられるように、世界を蹂躙しただけなのだ。


「俺はエゴイストだ。俺の望んだ平和をぶっ壊そうとするテメェは、気に入らねぇ」


 まっすぐに、自己中心的な自分を誇りながら、イストは首を右手の親指で掻っ切るように横に振る。




「俺が望んだ世界を壊すってんならーーーお前さんは、俺の敵だ」



 

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