表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/65

スカウトマンは、もう一人の少女と出会う。


「満月花!? これが!?」


 カイが驚きの声を上げると、その横でスティが黄金色に輝く花を見て眉をひそめる。


「新月草がこんな花を咲かせたところ、見たことがないわ……」

「おとぎ話の中で、聖女が人狼を元に戻した、ってのが鍵だったんだろうな。多分、満月花を咲かせるには、新月草が聖気を大量に浴びることが必要なんだ」


 普通、夜の木陰というのは陰気の溜まり場である。


 そして新月草が群生するのは木立の根本だ。

 ならば、聖属性を持つ神樹の近くや、聖域になるような気溜まりでもない限り、満月花は咲かないということになる。


「こいつが咲くきっかけになったのは、カイが人狼に放った一撃だろう。もしかすると、名前の通りに満月の晩だったってのも理由の一つかもな」


 いずれにせよ、複数の条件が重ならないと花が咲かないのは間違いない。

 

「だが、こいつが咲いた理由よりも重要なことが一つある」

「どんなことでしょう?」


 クスィーが問いかけてくるのに、イストは、淡い光を放つ花を見つめながらポリポリと指先で頬を搔く。


「こいつをどう使えば、人狼を元に戻せるのか、だ」


 新月草の煎じ薬などと違い、どうすれば薬効が得られるのかも確認されていない代物である。


「そうですね……薬草にするにしてもこれ一輪だと、加工を間違えたら……」


 この中では一番薬学に詳しいだろうスティが困った顔をするのに、ミロクを含む三人に目を向ける。

 が、当たり前のことだが知っているわけもないのだろう、一様に首を横に振った。


「困ったな……」


 真夜中だが、万に一つの望みをかけて魔王に連絡を取るか、とイストが考えたところで。


「それの使い方は簡単よ。花弁の中にある蜜を、口の中に垂らせばいいの」


 笑いを含む声音が聞こえて、イストは思わずクスィーに目を向ける。

 

「お前さん、なんで知ってるんだ?」

「え? わ、私何も言ってません!」

「あん?」


 聞こえた声がクスィーのものだったのでそう問いかけたのだが、彼女はブンブンと首を横に振る。

 すると、ミロクが唐突に刀の柄に手をかけて後ろを振り向いた。


「お主、何者だ?」


 イストを含む全員が、彼女が身構えた方に顔を向けると、村人の墓碑の前に白いローブの女性が立っていた。


「姫様が……」

「もう一人……!?」


 双子が驚きの声を上げた通り。


 緑の瞳に、流れるような銀糸の髪、褐色の肌をした彼女は、クスィーそのものだった。


 一つ違うとすれば、その表情である。

 優しげな面差しに浮かぶ微笑みは、まるで作り物のように感じられた。


「……体の方か?」


 イストがまず思い至ったのはそれだった。


 クスィーは《遊離体ファントム》であり、その肉体と魂はタウの手によって分離させられたのだ。


 しかしイストの問いかけに、もう一人のクスィーは首を横に振る。


「正解とも間違いとも言えないわね。この体がそこにいる彼女のものであるのは間違いないけれど、中身が同じかと言われると違うから」


 そう答えながら、彼女はニッコリと笑いながら人狼を示す。


「でも、私の正体を探るのは後でいいんじゃない? 先に、プサイの口にそれを流し込んでみたら?」


 親切そうでありながらも、どこかトゲのある口調。

 イストは眉根を寄せながら動かず、鼻に意識を集中した。


 危険を示す臭いはない。


 ということは、彼女の言葉に従っても特に問題はない、とも思えるが。


 ーーー朽ち葉の香り。


 それは決して嫌な臭いではなかったが、もう一人のクスィーから漂ってくるその香りに、イストは最大級の警戒を覚えていた。


 朽ちたもの、据えた家屋、埃などの香りが人から漂ってくる時。

 それを身に纏う者がとてつもなく厄介だと、イストは知っている。


 ーーーそれは、絶望の香りなのだ。


 腐り切って土に還る前の、死臭よりもなお悪い……終わった存在(・・・・・・)の香りなのである。


 憎悪、狂気、諦念……そうしたものに精神を蝕まれ切ってしまった者から、その香りは漂ってくるのだ。


「イスト、どうしたんだ!?」


 カイが動かないこちらに向かって問いかけてくるのに、イストは答えない。


 ただ、目の前の女性言葉を、信用し切れないのだ。


 ーーーもし、罠だったら。


 満月花の効能を、イストは知らない。

 目の前の女性が知っているとして、それが人狼を元に戻す効能である保証はないのだ。


 だが、彼女は動かないイストに対して言葉を重ねる。


「もし、プサイを殺してしまうのではないかと心配しているのなら、それは杞憂よ。つまらないし、私も彼に話があるの。ちゃんと、人狼から元に戻るわよ」

「……分かった」


 イストは満月花を手にしたまま、そっと人狼の頭辺りに近づき、花弁を傾ける。


 するとそこから、ツゥ、と輝く滴が滴り落ちて、人狼の牙の隙間から口内に染み込んだ。


 しばらくすると、頭の周りを中心に蛍火のような明かりがいくつも皮膚の下に灯り、それが全身に広がっていく。


『ゴ……』


 ビクン、と軽く痙攣してから喉を鳴らした人狼は、そのままゆっくりと人の姿に戻り始めた。


 ーーー効いた。


 まだ空には、満月が青々と照っている。


 やがて、イストが見守る前で完全に人の姿に戻ったタウがゴホゴホと咳き込んだ後、まぶたを振るわせて目を開いた。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ