スカウトマンは技を見盗る。
聖気の光が炸裂し、辺りを明るく照らした。
真昼と見紛うほどの輝きが、崩落しかけた教会の壁や広場の墓標、地面に散らばるアイーダの弓やイストの持ち物袋からこぼれた新月草などを照らし出す。
そして聖剣の刃を覆う浄火が人狼の傷を焼き、ジュゥ、と肉が焼ける臭いと共に白い煙が上がる。
『グルゥオァアアアアアアアアアッッッ!!!』
後ろに向かって振るった腕の動きを止め、絶叫を上げた人狼だったが、直後に気が狂ったように上半身を左右にひねり、毛並みを逆立てる。
「う、わ!?」
背中に剣を突き立てたままその動きによって振り落とされたカイだったが、どうにか聖剣を引き抜いて着地する。
しかしそこで、暴れ狂う人狼の尾が彼の横顔を襲った。
「……!?」
ゴッ! と音を立てて首から上を弾かれたカイは、一瞬動きを止めた後に、ぐらりと倒れ込んだ。
ーーーカイ!
未だ〝威圧〟の影響が解けないイストが見つめる中、彼は地面に肘をつく。
どうやら気絶はしなかったようだが、焦点が定まっていなかった。
大きな衝撃を受けて頭を揺らされたことで、意識が飛びかけているのだ。
『グルルル……!!』
人狼は、明らかに弱体化していた。
背中の傷は塞がる様子を見せず、聖気を浴びたせいか、放っていた強烈な腐った才気と危険の臭いも薄れている。
叩き潰すための、絶好の機会。
だが、手を出せる者は誰もいない。
しかも人狼は、カイを最大の危険と認識したようだった。
刀に貫かれた左腕をダラリと下げたまま、メキメキと右手のかぎ爪を肥大化させて腰溜めに構える。
ーーー《剛竜烈破》。
先ほどゼタが放った《烈破》の上位スキルにして、拳闘士の奥義たる一撃を、全力でカイに叩き込むつもりなのだ。
「……ハァッ!」
そこで、初めに〝威圧〟の影響下から脱したのは、ゼタだった。
練気を放つことによって、強引にスキルの影響を解除したのだ。
それから少し遅れて、ミロクも同様の手法で体の自由を取り戻して足をたわめる。
ーーーその間、わずか数秒。
だが二人が仕掛けるよりも、僅かに人狼の動きの方が早かった。
『ゴォオァアアアアッ!!!』
カイの頭上から、掌で彼自身を押し潰すように放たれた致死の一撃。
トびかけている彼に、避ける術はなかったが……。
「ーーー《防御障壁》!」
カイ以外に唯一、〝威圧〟の影響を受けなかったクスィーが追いつき、ためらいもなく身を投げ出して彼に覆い被さりながら、杖先を人狼に向ける。
青い障壁と人狼の一撃がぶつかり合い、《剛竜烈破》が炸裂した。
イストは、その様子をはっきりと目撃する。
凄まじい衝撃波が衝突点から膨れ上がり、地面を捲り上げて砂嵐となって周囲に撒き散らされた。
間近にいたミロクや双子が衝撃波に巻き込まれて吹き飛ばされる、ところまでは見えたが、それ以降は濃密な砂埃に包み込まれて誰の姿も見えなくなる。
ようやく硬直を脱したイストは、間一髪、砂と暴風から顔を庇う。
そして状況を見定めようとスキルを行使した。
「……《遠見》」
本来ならばただ遠くのものを見るためのスキルだが、細かいものが見えるようになる上に、視力だけでなく聴覚も強化される斥候職の中でもかなり有用なものだった。
砂埃の動きを地面近くを中心に視線でさらうと、僅かに影が映り、動きの乱れている辺りを注視する。
蠢く影と、衣擦れの音は三つ。
バタバタとはためく自分の外套の音は邪魔だったが、なんとかそれだけは読み取った。
ミロクと双子は生きている。
それだけを確認したイストは、続いて爆発の中心点に目を向けた。
砂埃が濃すぎるが、人狼の姿はどうにか見えた。
大技を放った直後であり、しかも意図しない位置で炸裂したからだろう、動きを止めている。
クスィーたちの気配はない。
ジリジリと焦燥しながら少しでも砂埃が晴れるのを待っていると、風がヒョウ、と吹き抜ける。
砂のカーテンが流れた後、そこにあったのは巨大なクレーター。
ーーークスィーの障壁は耐えきれなかったようだ。
だが、それは最悪の光景ではない。
なぜなら、カイもクスィーも、生きているからだ。
クレーターの外縁。
弾き飛ばされたらしいクスィーが、カイを抱いている。
すぐ近くで杖が折れていたが、意識もあるようだ。
クスィーは約束通りに盾になり、カイを守り切った。
「お前さんたち、本当に最高だな!」
イストはわざと声を上げて人狼の注意をこちらに引きながら、両腕を広げる。
「後は、俺に任せろ。……なんか、美味しいとこ持ってくみたいで悪いが」
「イスト……?」
「一体、何を言ってるんだ?」
双子がキョトンとした顔で問いかけてくるのに、あぐらを掻いたミロクだけが、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「ふん。ようやく実力を明かす気になったか?」
「別に実力なんかありゃしねーよ。ーーー俺は〝四天王最弱の男〟だぜ?」
ここで出てこれるのはお前さんたちのおかげさ、と続けると、カイが首をかしげる。
「オレ達の?」
「そうさ。コイツに、《剛竜烈破》を使わせただろ?」
親指で、動き出した人狼を示した後、イストは被っていたターバンを取り、外套の留め金を外して地面に落とした。
先ほど、硬直から脱した直後に、イストは一つのスキルを行使していた。
ーーー相手の技をコピーする、《見盗》のスキルを。
「きっちり見盗ったぜ、プサイ……いや、タウ。見せてやるよ、俺の〝切り札〟をな」
人狼の前に立ったイストは、それまで隠し抜いたスキルを笑みと共に口にする。
「ーーー《身体能力向上》」