スカウトマンは、少女の変人ぶりを知る。
「どこって……人族領の辺境だろ?」
イストは、少女の言葉に頭を掻いた。
ここは大陸の端であり、海にほど近い場所だ。
北に向かえば『商業国家マイド』に、南に向かえば『神聖国家ナムアミ』に着く。
その間を繋ぐのが近くにある街道で、イストが目指していた〈ハジメテの村〉はちょうど二つの国の間にある山の麓だ。
その山の上に、かつて滅ぼされた故郷の村……今は勇者の墓がある墓地が存在していた。
だが、少女はこちらの言葉にピンとこないようで、ますます眉をひそめながらくちびるを噛む。
「辺境、ですか」
「そうだよ。お前さん、どっちから来たんだ?」
仲間とはぐれて迷子にでもなったのか、と思ったが、少女の返事は予想外のものだった。
「分からないんです……気づいたらここにいて、魔獣に囲まれてたんです……」
「はぁ?」
ーーーどういうこった?
と思ったが、そこでふと気づいたことがあった。
「なぁ」
「は、はい」
「ちょっともう一回ニオイを嗅がせろ」
「はぇ!?」
イストは再び少女の首筋に鼻を近づけて、クンクンと鳴らす。
「ささ、さっきから何なんですか!?」
今度はバッと飛び退いて首筋に右手を当てるが、イストは答えずに香りの意味を考える。
ーーー青臭い、だけじゃなくて、少し薄いか……?
才覚の香りは、才能があるものほど芳醇に感じるものだ。
才覚を発揮している時は濃く、それ以外の時は薄い。
しかし、熟し切っていないこと、魔法を行使していない点を加味しても、彼女の香りは今の状況だと少し薄すぎるように思えた。
「お前さん、自分の名前は分かるか?」
「あ、はい。クスィーです」
「名字は?」
「……分かりません」
ーーーんー、身なりからすると貴族っぽいんだけどな。
布地が高級そうなのである。
平民ならば名字がないということもあるだろうが、冒険者になるような平民、それも駆け出しとなると身分に合わないような気がする。
「後は、自分がどこに住んでたとかそういう事も?」
「わ、分からないです……」
「てなると、記憶喪失か、と思うが、ショックで忘れたにしては怪我もしてねーし、周りに誰もいねーしな」
例えば魔獣に襲われてパーティーが全滅した、とかならもっと血の匂いがするだろう。
あるいは、攻撃や衝撃を受けて記憶を失ったならケガをしていておかしくない。
ーーーてことは。
「お前さん、もしかして《遊離体》か」
「ふ、ふぁんとむ?」
「そうだよ」
イストはコリコリと指先でアゴを掻き、少し厄介なことになったなーと思いながら説明した。
「精神と肉体がなんかの事情で分かれて、精神だけがどっかに飛ばされることがある。普通は近くに肉体がありゃ戻るんだが」
稀に『精霊の加護』が強いヤツは、弾かれた精神がそのまま仮初の肉体を得てそのまま行動を始めることがあるのだ。
本来の肉体を離れているため、そういう存在は香りが薄いのである。
「お前さんの状況は、それと一致するな」
「つまりその、私の体がどこか別の場所に……?」
「その可能性が高いな」
つまり、ただの迷子ではなく厄介な迷子だ。
「しゃーねぇ。とりあえず近くの村まで行こう。名前は分かるし職も分かるんだから、冒険者登録してりゃ情報は得られるだろうし」
イストの言葉に、クスィーはうなずいたが……おずおずと言葉を続ける。
「でも、ご迷惑では?」
「そりゃご迷惑だけども。ほっとく訳にもいかねーだろ」
ーーー恩を売っときゃ、魔王軍に誘えるかもしれねーしな。
当然ながら打算もある。
が、一番の理由はEランクのブルンドックーに対して防御しか出来なかったような相手を、何も分からないまま放り出すのも後味が悪いからだ。
「だがとりあえず、村に向かう前にやっとくことがある」
「何でしょう?」
イストは、足元に転がっている魔獣の死骸にチラリと目を向けた。
「コイツらの巣が近くにあるはずだからな。多分幼獣がいるから始末しとかねーとな……」
気の進まない話を口にすると、クスィーが驚いたように目を見開いた。
「こ、殺すって……魔獣の子どもをですか!?」
「そうだよ」
そもそもこんな街道の近くに魔獣がいるとなれば、普通に駆除対象だ。
「だだ、ダメですっ!」
「あん?」
「命は獣も人も分け隔てなく尊いものです! わざわざ巣穴を探して罪のない子を殺すなんてダメです!」
「いや、あのな」
頬を紅潮させてかなり興奮しているクスィーに、イストはため息を吐いた。
ーーーどうやら、かなり世間知らずらしい。
「魔獣は、普通は山の奥深くや森の中に生息しているもんだ。だから共存出来る。だが人は自然を切り開くんだ。そうすると、彼らの縄張りとの境界が薄くなることもある」
イストは、少しうんざりしながら少女に理由を説明する。
「そうして近づいてしまった魔獣を退治しないまま放っておけば、逆に村の畑が食い荒らされたり、逆に住民が殺されて餌にされるんだよ」
魔獣は、こちらのルールが通用する相手ではないのだ。
言っていることはご立派だが、現実が見えていない。
「だからその前に退治するんだ。人に親が殺されたことを知った魔獣は、恨みを忘れない。やがて必ず人を襲うようになる」
イストだって、やりたくてやる訳ではないのだ。
知性ある者のルールが法律なら、弱肉強食が獣のルールなのである。
しかし。
「な、なら私が殺されますぅ!」
「……いや、え?」
一瞬彼女が言っていることの意味が掴めず、イストはポカンとした。
「だって、イストさんがこの魔獣たちを殺したのは、私のせいです! なら、誠心誠意説明して謝って、私がこの身を捧げればきっと魔獣の子どもも納得してくれま……」
「するわけねーだろ!?」
筋金入りのお人好し過ぎる。
むしろ自ら人の肉の味を覚えさせようなどと、愚行中の愚行である。
「魔獣がそんなこと認識するか! 誰が殺したとか関係ねーの!」
「だ、だったらどうしたら助けてくれるんですかぁ!?」
「だから、それを聞き入れたら人が死ぬんだって言ってんだろうが!」
それから約1時間。
どうにかクスィーが納得して巣穴に向かうまで、イストは彼女を説得するハメになった。