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スカウトマンは、少年に策とも呼べない策を告げる。


 ーーーとは言うものの。


 イストは、ミロクたちと戦っている人狼に目を向ける。


 正直に言えば現状の戦力差で、あれを抑え切るのは口にするほど簡単なことではなかった。


 倒すにしても逃げるにしても、相手は勇者パーティーの一人だった男なのである。


 以前の戦いではイストたちが勝利したものの、実力で言えば魔王軍最強の四天王と張る強さを持っているのだ。

 しかも衰えていた肉体は、魔性の力で人外のものとなっている。


 逆に有利な点は、相手の知性が失われていること。

 だが、その事実だけ見て『勝機がある』とは、とてもじゃないが言えない。


 今回は、人狼を殺しても負けなのだ。


 獣の思考というのは侮れない上に、死に物狂いになれば人を超えるその力を存分に奮い始めるだろう。


 


 ーーーだが聖剣の一撃で弱体化できれば、あるいは。




 捕縛することや、逃亡することが可能になるかもしれない。


 しかし、聖剣を使ってそれを実行するのは、カイだ。

 下手をしなくても、彼の命を危険に晒す賭けである。


 ーーーだが、他に手がねーんだもんな……。


 そんな風に内心で苦渋を感じつつ、イストはなるべくカイの安全を確保するために、少女に顔を向けた。


「クスィー。力を貸してくれるか?」

「やります!」


 声をかけると、話を聞いていた彼女が間髪入れずに答えたので、思わず苦笑する。


「まだ何してもらうかも言ってねーぞ」

「カイさんを、守れば良いんですよね。私が得意なことで〝向いている〟役割だと、イストさんが教えてくれたのです」


 そう口にしたクスィーは目線をこちらから逸らさないまま、臆すことなく答えた。

 背筋を伸ばし、杖を両手で抱えた姿勢で微笑みを浮かべながら言葉を重ねる。




「ーーー命を守るためなら、私は、喜んで盾になります」




 軽く小首を傾げ、銀髪をさらりと流した彼女の姿は、力強く美しかった。

 同時にふわりと漂った柑橘系の香りに、イストは目を細める。


「……お前さんは、魅力的だな」

「ふぇ!?」


 尊敬と好意をもってそう告げると、クスィーが驚いたように硬直し、次いで頬を染める。


「い、いきなりどうしたんですか!?」

「どうしたって、ただの本心だが」


 そして意味はそのままの意味である。

 彼女が問い返した理由はよく分からなかったが、それはひとまず置いておいて、イストはカイに目を向けた。

 

 戦場をジッと見つめたままの彼の横に身をかがめ、彼と目線を高さを合わせながら人狼を指差す。

 

「よく聞け、カイ。人狼をあの三人が押さえ込める時間はもう長くない」


 人狼は、徐々にミロク達を圧倒する兆しを見せ始めていた。


 アイーダとゼタは人狼の防御を抜けず、唯一手傷を負わせられるのがミロクだけだからだ。

 そのシュラビットの攻撃でも、深傷(ふかで)を負わせるにはタメが必要で、二発目を加える前に再生されている。


 そして満月の力で全く速度が衰えない人狼に対して、ミロクたちは疲労の色が見え始めていた。


「だから今、かろうじて拮抗出来ている間に、お前さんが一撃を加えるんだ」

「どうやったらいいんだ?」

「お前さん、人狼の動きは見えるか?」

「うん」


 問いかけると、カイは小さくうなずいた。


「目がいいな。なら、まずは相手の動きを見極めろ。そして、出来ないこと(・・・・・・)はするな」

「どういう意味だ?」

「一番得意な剣筋をイメージしろ。綺麗に斬ろうとも上手く振ろうともしなくていい。ひたすらアイツに剣を叩き込むことだけを考えろ」


 そして、イケると思ったらいけ、と伝えたイストに、カイは眉根を寄せる。


「合図とか、待たなくていいのか?」

「出さない。イケると思ったら、行け」


 人の合図で動く、というのは、それなりに訓練を積んだ者でも難しいのだ。


 センスがあっても、カイには圧倒的に経験が足りない。

 合図を出したらどうしたってテンポが遅れるので、針の穴を通すような戦い方をしなければならない現状には不向きだ。


 だから、こちらが合わせる。


「お前さんの役割は攻撃だ。防御を考えずに、一撃にだけ精神を研ぎ澄ませ。お前の体は、俺とクスィーが必ず守る」

「分かった」


 カイがうなずくと、そこでスティが我慢できなくなったように叫んだ。


「分かった、じゃないわよ! そんなこと出来るわけないじゃない!」


 泣きそうな顔で近づいてきた彼女に、カイは真剣な顔で言い返した。


「いいや、出来る」

「なんでそんなに自信満々なのよ! し、死んじゃうかもしれないのよ!?」

「イストたちが守ってくれるって言った。俺はそれを信じる」

「でも!」

「このまま何もしなかったら、全員死ぬかもしれないだろ!」

「……ッ!」


 引き止めるスティに怒鳴り返したカイの体を包む〝浄火の鎧〟が火勢を増すと、スティが驚いて身を引いた。

 後ろによろめいた彼女の肩を、クスィーが支える。


「オレは、お前もタウのおっちゃんも助けたいんだよ! 誰も死んで欲しくないんだッ!!」

「カイ……」

「だから、やるんだよ! 出来る出来ないじゃなくて……やらなきゃいけないんだ!」


 本心からそう言っているのだろうカイの頭に、イストは軽く手を乗せる。


「そう怒るなよ。彼女はお前さんが心配なだけだ。カイが、スティを心配してるのと一緒だ」


 そして、チラリと青ざめているスティに目を向けて、申し訳なく思いながらも言葉を紡ぐ。


「スティ、悪いが今は時間がない。お説教なら後でいくらでも聞くよ。皆で生き残った後にな」

 

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