スカウトマンは、新星を目撃する。
「ハッハァ! お主、楽しませてくれそうじゃの!」
ミロクがイストとは比べ物にならない速度で振り下ろした刀の刃は、人狼が交差させた腕に食い込んだ。
『グルゥ……!』
「そぉら!」
ピ、と刃を引いたミロクは、続いて高速の刺突連撃を放つ。
ヒュヒュヒュ、と空気を鳴らした白刃は、全て命中したが……全て、人狼の硬い毛並みと膨張して硬化した腕の筋肉に浅く刺さっただけだった。
「硬いな! 刀が刃こぼれしそうじゃ!」
ミロクはそれでも楽しげだが、小柄な体は速度で優位な分、技そのものが綺麗に決まらなければ体格差があり過ぎて膂力が足りないのだ。
「ミロク! スティはどうした!?」
「教会に向かわせておる!」
言われて目を向けると、崩れ落ちそうな教会からカイが飛び出して、走ってきたスティを抱きとめているところだった。
その後ろから、クスィーたちも飛び出してくる。
どうやらアイーダたちの傷も無事に滴で癒えたようだった。
「アイーダ! ゼタ! ミロクの援護をーーー」
と、彼女らに向かって声を上げたところで。
イストは、カイが聖剣にジッと目を向けていることに気付いた。
※※※
ーーー聖剣。
カイは、その剣に目を惹きつけられた。
資格がない人間には従わないという、その剣に、呼ばれたような気がしたのだ。
「……カイ? どうしたの?」
泣きそうな声で呼びかけてくるスティに、カイは軽く肩を震わせる。
「いや、あいつ……」
剣の声は、こう語りかけて来たような気がしたのだ。
ーーー君は、許せるかい?
と。
それが、人狼の……多分タウのことを言っているのだと、カイはなぜか理解できた。
ーーー許す……。
タウのおっちゃんは、カイとスティを利用した、とイストは言っていた。
そのことにショックを受けていたが……本当に、そうなのだろうか。
耳が良いカイは、イストとタウのおっちゃんが交わした会話の一部始終を聞き取っていた。
『イストにここに来て欲しかった』と、彼は確かに言っていたけど。
ーーースティが山に入ったのは、タウのおっちゃんがそそのかしたせいじゃない。
あれだけの新月草を摘んだ後なら、しばらく彼にスティの方から用はないし、昨日は薬草を摘みに行くまでスティは自分と一緒にいたのだ。
そこに、父親が声をかけにきて、スティはまだ仕事が残っていたカイと離れて山に出かけた。
夕方になって『帰ってこないから迎えに行ってくれないか』とスティの母親に言われたのも、よくあるわけじゃないけど珍しいことでもない。
ーーー偶然、だったんじゃないのか。
ラフレシアンを山に放ったのは本当かもしれない。
でも、誰にもなるべく迷惑を掛けないように、それをしたような口ぶりだった。
クスィーのねーちゃんの体を奪ったのも、本当かもしれないけど。
自分がやりたくてそうしたわけじゃなさそうだった。
だと、したら。
「タウのおっちゃんは……なんで、イストと戦ってんだろ……?」
「え? タウさん?」
キョトン、とするスティを横にきたクスィーに預けたカイは、聖剣に歩み寄って行った。
「待って、カイさん! そっちは危険です!」
そんな声が遠くて、聞き取れるが何を言っているのかは理解できなかった。
代わりに、再び剣からの声が頭の中に木霊した。
ーーー君は、許せるかい?
※※※
「あいつ、何をして……!」
イストはフラフラと聖剣に近づいていくカイに、舌打ちした。
弓を失ったアイーダと、ゼタに加えて今度はミロクが参戦したことで、人狼は他に目を向ける余裕は失っているようだった。
しかしそれでも、教会と反対側にいるイストが回り込んで聖剣のところに着くよりも、カイが手に取る方が早い。
「カイ!」
もし彼が、イストが受けたような聖剣の拒絶に晒されたら、人狼やアイーダたちの気がそれる危険がある。
それを止めるために……もし無理だとしても守れる位置に陣取るために、イストは足を動かした。
ちょうど半分ほど回り込んだところで、クスィーの制止も聞こえていない様子のカイが、聖剣に手を伸ばすと……。
カッ、とイストの時とは比較にならないほどの聖光が、剣から溢れ出す。
それと同時に、ひどく懐かしい香りがした。
クスィーの時と同じくらい濃密な、それでいて決して鼻につかない香り。
カイと会った時にも微かに感じたその匂いの正体を知って、イストは大きく目を見開いた。
ーーーこれは……オメガの!?
双子の弟が、最終決戦の場で邂逅した時に纏っていた匂いだ。
「アイツ、まさか……」
勇者の香り。
それは、決してありえないことではなかった。
勇者の肉体が失われたのは、もう数十年前の話だ。
その肉体が宿していた力は、イストには宿らなかった。
もし力が、オメガの魂だけを残して世界の輪廻の中に還ったのだとしたら。
放たれた聖剣の光は、カイを灼きはしなかった。
それどころか、何の抵抗もなくその手の中に収まった聖剣から発される炎は、まるで鎧のように少年の体にまとわりつき、安定する。
ーー〝浄火の鎧〟。
もう、間違いない。
「カイが……新しい勇者だったのか!」
イストの呻きに応えるように、剣に視線を落としていたカイがゆっくりと顔を上げる。
そして、静かに人狼の方に目を向けた。