スカウトマンは策を練る。
「オォオオオオ……らぁっ!」
イストは、クスィーの横を駆け抜けてプサイに斬りかかった。
『グルゥ……ッ!』
もう完全に理性が失せた様子の人狼は、予想通りに聖剣が放つ光を嫌って教会の外に飛び退る。
引き抜いたことで、加護の力が強まったのだ。
だがイストは、この剣の神威を完全に操ることは出来ないようだった。
炎の聖剣【レーヴァテイン】。
本来の力を発揮すればこの剣は炎を発するはずなのだが、その気配がなかったのである。
ーーーない物ねだりしても、仕方ねーんだけどな。
自分に戦闘の才能が皆無であることくらいは、きちんと把握していたはずだった。
それでも、人狼を殺すだけの力が得られないことに苦い思いを感じる。
イストは、持っていた滴をもう一滴口にし、吐き気をこらえながらクスィーに話しかけた。
「助かった。お前さんは最高だ。めちゃくちゃ良い匂いだったぜ?」
「ふぇ!?」
どうやら無我夢中だったのか、話しかけられて初めて我に返った様子の彼女に小瓶を押し付ける。
「そいつで、アイーダたちを回復してやれ」
「い、イストさんは……?」
「あの人狼を引き付ける。あいつらが動けるようになったら、隙を見て撤退するぞ」
クスィーは、イストの言葉に顔を曇らせた。
「逃げ切れるんですか……?」
「正直難しいが、時間を稼がなきゃいけねー。多分、俺たちじゃ倒せない」
上手く聖剣に怯える性質を利用するしかないだろう。
「人狼病には、一つだけ弱点がある。……満月の晩しか変身出来ないんだ。だからおそらく、朝まで逃げ切れればプサイは元に戻る」
しかし、まだ月が昇り始めてさほど時間が経っていない。
全員で連携を取って、どうにか対処しなければならなかった。
「お前さんたちの力が必要だ。……頼んだぜ?」
「はい」
クスィーの返事にうなずいて、イストは教会を再び飛び出した。
人狼は、大きくアゴを開いてダラダラとヨダレを垂らしながらこちらを見ている。
チャキリ、と聖剣を構えたイストは、先ほど口にしたのとは別にもう一つの策を狙っていた。
ーーー理性は失せても、お前さんの体は覚えているはずだ。
拳闘士最強の技に《剛竜烈破》というスキルがある。
拳に極限の練気を溜め込み、踏み込みと共に相手に叩きつける……基礎にして奥義とも呼ばれる正拳の一撃。
それを、プサイは習得していたはずだ。
人狼に危機感を抱かせ、その技を放たせれば勝機がある。
イスト自身がそれを見盗ることが出来れば……斥候職を極めて得たもう一つのスキルによって、叩き返せるはずだった。
ーーー避けれずに喰らったら終わりだけどな。
そっちに関しては、完全に賭けだ。
だが上手くいけば、全員を守り抜ける可能性が一番高い。
ジリジリと、四つ這いに近い姿勢でこちらに飛びかかる隙を伺っている人狼に、息を止めたイストは先に仕掛けた。
カッと目を見開くと、教会に吹き飛ばされる前に見盗ったスキルを解放する。
ーーー〝威圧の咆哮〟。
「ーーーー!」
プサイ自身が使った相手の動きを阻害するスキルによって、空気が震えた。
ビクン、と人狼が体を震わせた瞬間、イストは聖剣を担ぎ上げるように構えて大きく一歩、踏み込む。
最短、最善……何千回と繰り返してようやく会得できた、最短距離を移動する斥候の歩法。
距離を詰め切ったイストが、聖剣を相手の頭に振り下ろそうとした、ところで。
『ゴゥァア!!』
直前で威圧の硬直を脱した人狼が頭を上げる。
「っ!」
頭に剣閃は命中した、が……浅い。
紫の血を流しながらも、人狼が豪腕を振るう。
その腕の一撃を、イストは大きく上半身を伏せて避けた。
しかし止まらないまま、今度は剣先を人狼に突き込もうとしたが、さらに体を捻った相手の尾が、偶然、剣を支えている手首を叩く。
聖剣が、弾き飛ばされた。
ーーーよりによって!
自分の運のなさと当たりどころの悪さを呪いながら、イストは飛んだ剣を追って走り出したが、聖剣の輝きが失せたことで人狼の速度が上がる。
剣との間に回り込まれて、足を止めることを余儀なくされた。
「くそ……ッ!」
ロングダガーもなく、邪銃もなく、聖剣も失った。
それでもイストは、諦めない。
効かないと分かっていながら、足のスリットポーチにある投げナイフに手を伸ばしてーーー。
「ーーーおや、ずいぶんと楽しそうな相手と戦っておるではないか」
場違いなほどに嬉々とした声が聞こえて、ヒュ、と横を黒い小さな影が通り抜ける。
「我も混ざろうかの!」
「ミロク!」
そうして、人狼に斬りかかったのは……スティを迎えに行っていた、シュラビットだった。