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スカウトマンは勇者の幻影を見る。


「魔王軍……それに、勇者、ですか?」


 クスィーは、椅子との言葉に戸惑いを深めたようだった。


「それで、私と同じ……って、あの?」

「ややこしいよな。ま、後でゆっくり説明するよ」


 そう言い置いたイストは、教会の奥に向けて歩き出した。

 赤い装飾が施され、乳白色の不思議な金属で出来た刀身を持つ美しい剣に向かって。


「大事なのは、俺には勇者の資格だけはあるってことだ。が、戦闘の才能はまるっきりなくてな。そいつは全部、肉体側に……オメガの方に、置いてきてたんだ」


 イストがその事実を知ったのは、戦後のことだった。


 神聖都市ナムアミに伝わっていた古文書を読み漁っていた四天王の一人、ツヴァイが一つの魔導書とそこに挟まれた手紙を見つけたのがきっかけである。


 挟まれていたページには、古代の魔法によって《遊離体(ファントム)》を作り出す方法が記されていた。


 そして手紙には……生まれ落ちた勇者を呪法によって二人に分けて、その事実を秘匿したまま、成人するまで信徒たちの村で育てる、と書かれていた。


 本当の両親も、本来の出身地も、何もかも分からない。


 そちらについては今さらどうでも良かったが……イストは、オメガが本当に『自分の半身』であったことをその時に知ったのだ。




 ーーーだから聖剣に拒否されるのだと、思っていた。




 勇者として生まれ落ちたにも関わらず。

 半身を殺し、魔王に与する罪人に成り下がったから。


 もっとも、その勇者を育てている村を襲ったのが人間で、救ったのが魔王だったのは皮肉な話でしかないとも思うが。


「俺には、資格だけは、あるんだ。……いや、あった、って言うべきかな」


 今は拒否されていることから、資格は失われたのかもしれない。

 しかし、剣を手に出来れば勝機はあるはずだった。


 聖剣は『魔』を断つ。

 そこで示されている魔は、魔物でも、魔獣でも、魔族でもなく……イストは、魔性のことだと考えていた。


 破邪の力を持つというのなら。

 聖剣は、タウの……プサイの体を蝕む『魔』を断つことも出来るはずだ。


「なぁ、オメガ。そうだろ?」


 イストは、剣に向かって問いかける。

 半身だったオメガにも魂があったはずだ。


 魂が実体を得るのなら、肉体が魂を得るのもあり得ない話ではないし、何より。


 幼い頃から双子としてともに過ごしてきたオメガの記憶と、最後の決戦で見せた決意と覇気は、決して、ただの抜け殻のそれではなかったから。


 そしてイストは、オメガの魂があるとするならば、それを宿しているのは目の前の聖剣だと確信している。


 勇者たる『魂』が、すでにそこにあるのなら。

 聖剣がイストを拒否するのも道理だから。

 

「だが、負けたからってふてくされるのはそろそろやめろ。そんで、俺と一緒に戦えよ。……暴れてんのはお前の昔の仲間で、襲われてんのは、弱い連中なんだよ」


 イストは皮肉な笑みを浮かべて無精ひげを掻きながら、剣を見つめる。


 すると、墓標がわりの剣にかかる月光が揺らぎ、問いかけに応えるように柄に埋め込まれた青の宝玉の輝きが由来めいた。


 ーーーそういう奴らを守るために、戦ったんだろ。俺も、お前も。


 イストがそのまま、おもむろに聖剣の柄を握った瞬間……剣が、カッと青い光を放つ。


「ガ……ッ!!」


 剣は、予想通りにイストを拒絶し始めた。


 光が身を焼き、圧すら伴うそれが服の裾をはためかせて体を吹き飛ばそうとしてくるのに、足を踏ん張って必死で耐える。


 バチバチバチ、と体の表面で火花が弾け、陽炎のような炎の気配が体を包む。


 ーーーそこで、教会の中に凄まじい音が響き渡った。



 爆風を伴うその圧が、人狼の咆哮と、二人の少女が壁を貫いて教会の中に転がり込んだ音だと気づくのに数瞬。


「う、ぐ……」

「くっ……!」


 祭壇の両脇に叩きつけられた二人が、起き上がれずに呻く。


 だが、イストは動くことは出来ない。

 今も聖剣は青の光で体を灼いており、気を抜けば一瞬で弾き飛ばされるからだ。


 ーーーこのタイミングで……ッ!


『グゥルァアアアアアアアッ!!』


 目だけをなんとか後ろに向けると、入口の枠からはみ出るような巨体を無理やり人狼が押し込みながら突っ込んで来た。


 倒れたアイーダとゼタが突き抜けたば壁がそこで崩壊し、教会全体が揺れる。

 崩れ落ちる前兆を感じ取りながら、イストはそれまでで一番濃い危険の臭いを嗅いだ。


 ーーー死。


 濃厚なそれの気配を意識するとともに、視界に白いローブがふわりとたなびく。


「クスィー……!」

「誰も、殺させません! ーーー《防御障壁(ヴァリアントウォール)》!」


 まるで祈りを捧げるように。

 両手に握って真っ直ぐに立てた杖を握ったクスィーは、防御結界を発動する。


 まるでためらいなく、強大な魔性の前に立った彼女を青い光が包み込み、人狼の突撃を受けた。


 そして、障壁とプサイの体が衝突する。

 まっすぐに相手を見据える彼女の防御は……人狼の突撃を、阻んだ。


 止まった時点で、危険の臭いが濃厚な柑橘の香りによって吹き払われる。

 

 ーーーすげぇな。


 イストは、苦痛に耐えながらもゾクゾクする自分を感じた。

 

 才能開花、だ。


 アイーダとゼタ、そして自分でも一撃で倒された攻撃を、クスィーは止めた。

 魔に屈しないその立ち姿は、とてつもなく美しいものに覚えた。


 そして体の奥底から、力が湧き上がってくる。


 ーーーなぁ、オメガ。


 イストはその熱のままに、意地で笑みを作った。


「これが……俺たちの望んだこと、だったんじゃねぇのか……?」


 守りたいものを、守るために。


 守るべきものが、危機に晒されていたから。

 平和に生きる人々が、脅かされそうになっていたから。


 そして今まさに、聖女や、人狼の手によって、奪われようとしているものを。


「そいつを、守るために……俺たちは……!」


 お互いの信念をかけて、戦ったのだ。


 見ていたものは同じだった。

 望んでいたことも。


 だからこそ、最後にオメガは、イストに世界を託して死んだのだ。


 なら。




「守る力が、今必要なんだよーーー俺に、応えろ、オメガァッ!!」




 言葉を発すると。


 それまで苛烈に青い宝玉の中に、赤い光がぽつんと浮かんだ。


 赤はみるみる内に宝玉の色を塗り替え、混じり合って紫になってからさらに赤みを増して宝玉を侵食していく。


 合わせて青い光の圧が徐々に弱まり、やがて完全に宝玉が赤く染まったところで……脳裏に一人の男の笑みがよぎった。


 自分そっくりの、しかし無精ヒゲのない顔。

 精悍な雰囲気を持ち、真銀の髪を持つそいつは、音のない声で語りかけてきた。


『君は変わらないね。ーーーイスト』


 たった一瞬の幻影。


 その脳裏の姿が消えたとたん、イストは、シュゥ、と自分の全身から白煙が上がってはいるものの、苦痛が消えるのを感じた。


「……!」


 グラリと崩れ落ちそうになる体を根性で踏ん張って支える。

 まだ反発するような震えは感じるが、それでも制御しきれないほどではない。


 多分聖剣の主になったのではなく、抵抗を、オメガの魂が抑えてくれているのだろう。


 ーーー感謝するぜ。


 心の中で半身に呼びかけながら。

 イストは聖剣を両手で握って、即座に身を翻した。

 

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