スカウトマンは秘密を明かす。
「せぁあ!」
ゼタが、人狼に向かって踏み込む。
腰の捻りから全力で叩き込んだ正拳突きを、プサイは腕を交差させて受けた。
「てぇりゃぁ!」
続いて放った、顔を狙う左の上段回し蹴りを人狼は肩を上げて受ける。
そこで、ゼタは反撃を食らった。
プサイが地面すれすれに放った足払いで軸足を刈られ、背中から地面に叩きつけられそうになる。
ゼタは体を柔らかく落として衝撃を逃したものの、プサイはその隙に足を振り上げ、彼女の頭めがけて踏み落とそうとした……ところで。
「……ッ」
人狼がいきなり、頭を後ろに逸らした。
そのアゴ先をアイーダが放った矢が突き抜ける。
「グルゥ……!」
「させん!」
人狼が踏み下ろした足はタイミングを外され、首を捻ったゼタの顔の横にある地面に陥没を作り出した。
弓を放ったアイーダは、クルリと弓と弦の間に腕を通して掛けると刀を引き抜く。
「フッ!」
タン、と踏み込んだ少女は、横薙ぎの剣閃でプサイに挑みかかった。
「ガァルァッ!」
人狼は、その刃を爪で受けて火花を散らす。
その隙に体のバネを使って跳ね起きたゼタは、そこからさらに膝をたわめて跳び上がる。
そしてアイーダに目を向けて前傾姿勢になっているプサイの後頭部に向かって、肘を振り下ろした。
一撃を加えることには成功した……が。
「やっぱ効いてねぇな……」
ジッと観察していたイストは、その戦闘がじきに均衡が崩れることを悟った。
二人がかりでなんとか保たせているものの、一撃喰らったら終わりだろうゼタとアイーダに対して、おそらくプサイ側は刀や矢の一撃をもらっても大したダメージは受けない。
「私が……」
「やめとけ。昨日今日の付け焼き刃の連携でどうにかなるような相手じゃない」
下手をすると、クスィーの身を案じてより危険が増す可能性があった。
「じゃ、どうするんだよ!?」
「……」
イストは、チラリと聖剣に目を向ける。
それは苦渋の決断だった。
イスト自身は最後の最後まで……可能であれば死ぬまで隠しておこうと思っていた秘密。
「てゆーか、なんでタウのおっちゃんがイストに襲いかかってるんだよ! あんなに仲良さそうだったじゃねーかよ?!」
カイが泣きそうな声で叫ぶのに、イストは奥歯を噛み締めた。
「……そいつに関しては、俺の自業自得って言うしかねーなぁ……」
どんな事情があれ、プサイの仲間だった男をーーー自分の弟をこの手で殺したことは事実なのだ。
「悪いことしたのか!?」
「そうだな」
「じゃあ謝ろうぜ! そうしたら、タウのおっちゃんだって!」
「俺らの間にあるのは、そんな単純な話じゃねぇんだよ。頭を下げて済むならいくらでも下げるが、それじゃタウは止まらねぇ」
人狼病がなければ、相手だってこんな事を考えなかっただろう。
イストが吹き飛ばされた時に飛んで行ったらしい、袋に残っていたのだろう新月草が教会の前に転がっている。
「なぁ、カイ。お前さんも利用されたんだぜ。それを許せるのか?」
「え?」
「ラフレシアンをこの山に解き放ったのは、アイツだ。……スティを危険に晒したのは、アイツなんだぜ」
それを伝えると、カイは大きく目を見開いた。
「ウソだろ……?」
「それは事実だ。そして俺とタウの間にあるのは、そういう問題なんだ。……だが俺は、自分のことを棚に上げて、その事実に怒りを感じている」
ーーー奴は、自分を慕っていた子どもたちの命まで危険に晒してでも、イストへの復讐を果たそうとした。
自分のために相手を利用する。
そこまではいい。
だがその代償が相手にも利用されることではなく、目的のために相手を犠牲にすることならば。
ーーーその罪に対する覚悟を、奴も決めているはずなのだ。
残り少ない時間で、自害する手もあった。
全てを明かしてイストに助けを求める手もあっただろう。
だが、プサイはそうはしなかったのだ。
イストは、覚悟を決めた。
自分の命を差し出すだけで、事は収まらない。
神聖都市の乗っ取りを計画し、クスィーの肉体を奪い去った聖女の存在がまだ残っているのだ。
ーーーなら、俺は生き残らなきゃならない。
この場で、自分の命、そしてクスィーたちの命と……秘密を隠し通すことを天秤にかけた時。
取るべき選択肢は一つしかないのだ。
「なぁ、クスィー」
「はい」
「俺には隠し事が二つある。俺がお前さんを、すぐに《遊離体》だと気付いた理由だ」
「……鼻が利く、こととは、また違うのですか?」
戸惑うクスィーに、イストはうなずきかけた。
「ああ。俺も、お前さんと同じだ……実体を得た魂、《遊離体》なんだよ」
「え……?」
「言っただろ? 分かれた魂が実体を得るのと同様に、肉体のほうも自分の意思を持って動き出すことがある。……そして俺の本来の肉体は、もうこの世にない」
イストは、聖剣に目を向けた。
それは封印されたただの剣ではなく、イストにとっては弟の墓標。
かつて。
生まれ落ちた時に、魔王の目から隠すために人為的に分かたれた『赤子の勇者』ーーーその自分の半身が、眠る場所だった。
「〝魔王軍四天王最弱の男〟イスト・ヌールはな、本来なら勇者だった人間の、なり損ないだ」