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スカウトマンは死にかける。


 灰色の毛並みに覆われたプサイの、二回り膨れ上がった体は強烈な威圧を放っていた。


 そして、グルゥ、と一つ喉を鳴らした直後。


『ウゥルォオオオオオオーーーーーッ!!』


 大きく顎を開き、強烈な咆哮を放つ。


「……ッ!」


 体を震え上がらせ、教会の壁すらもビリビリと揺るがす強烈な音が耳を打つ。


「ーーー《見盗(サンプリング)》ッ!」


 意志に関係なくガチガチと鳴る歯を無理やり噛み締めて、イストはスキルを行使した。


 レッドブルンのモノとは、比較にならないほどの咆哮である。

 それだけで、プサイが言っていることが偽りではないと気づくには十分だった。


 ーーー俺一人で相手するにゃ、荷が重い……。


 かつて人類最高峰に位置していた勇者の一人が、年齢を無視する魔性の力を得ているとなれば。


 だがキィン、と耳に膜が張ったような感覚の中、イストは硬直を脱した瞬間に足のスリットポーチに手を伸ばしていた。


 人狼が地面を蹴った瞬間、焦げ臭さと腐臭が鼻の奥を痛ませるほどに強くなる。


「ッラァ!」


 スリットナイフを投擲たが、牽制にもならない。

 体表の毛皮で弾かれ、突進を止めるどころかケガすら負わせられなかった。


 だがイストは、それでもどうにか横に跳ぶ。


 振り下ろされた爪が外套を僅かにかすめただけで破り取られ、地面に叩きつけられたそれの衝撃で弾き飛ばされた。


「……どう考えても差がありすぎだろッ!」


 こちとら、初等職にしかつけなかったような無才である。


 そんな自分と、魔族と生身の人間だった頃から対等に渡り合っているような化け物が、本物の化け物になったらもはやズル以外の何ものでもない。


 ゴロゴロと地面を転がって起き上がったイストは、邪銃を撃った。

 中に込めていた『火』の弾丸はさすがに効くと判断したのか、プサイが避けて少し距離が空く。


 イストはその隙に下生えの中に飛び込んだ。

 《潜伏(ハイド)》は無駄だろう……相手は確実にこちらの気配を捉えているはずだ。


 弾倉から空薬莢を落としたイストは、そこにミスリルの弾丸を込め始める。


 魔性は、銀に弱い。

 真銀と呼ばれるミスリルの破邪効果と合わせて、上手く急所に当たれば相手を足止めを食らうはずだ。

 

 そして、少しでも時間を稼ぐためにイストは口を開いた。


「ずっと俺のことを恨んでたのか!?」


 返事をもらえるかどうかは半々だったが、まだプサイは理性を残しているようで、野太い声で答える。


『当たり前だロウ。お前はオメガを殺しタ。偽りの、仮初の平和であっても、オメガが望んだカラ我慢してタ。ーーーだがもう、どうでもイイなァ?』


 嗜虐的な色を浮かべた黄色い目で、プサイが嗤う。

 下生えに隠れてはいるものの、やはり特に意味はなさそうだった。


 それでも少しずつ移動しながら、イストはどうにか打開策を考えていた。


 プサイが完全に獣化するのは、時間の問題だろう。

 そうなれば、下手をするとイストを狙わずに教会に隠れているカイやクスィーを狙う危険が高かった。


 もう彼には、意識の混濁が始まっているように見える。


 ーーータウ。


 本当に自分を恨んでいたのなら、悪いことをした、と思う。

 ケガが原因で人狼病を発症したのなら尚更……と、考えたところで。


 ーーーえ……?


 イストは、かすかな違和感を覚えた。

 しかしその事を熟考する前に、プサイが動く。



『ーーー鬼ゴッコを、スル気はなイゾ?』


 

 瞬時に距離を詰められた後、目の前でそう(うそぶ)く人狼の顔に、イストは息を止めながら腰から引き抜いたダガーを振るった。


 さすがにミスリルの弾丸は貴重だ。

 瞬時の判断で斬撃を放ったが……それは悪手だった。


 逆にガチン、と咥えられたダガーを噛み砕かれて、首を振る動作で姿勢を崩される。


「……っ!」


 そこで、腹が爆発(・・)した。


 殴られた、と気づいたのは、クスィーの声を聞いた後だった。


「イストさん!」


 悲鳴のような声に目を開けると、そこで初めて自分が気絶していたことに気づく。


「が、ゴホッ……!!」


 喉の奥から迫り上がって息を塞いだ塊を吐き出すと、ばしゃりと血がこぼれた。


 苦しさに体を震わせながら、かすむ視界に映ったのは泣きそうなクスィーの顔と教会の天井。

 どうやら、殴られた勢いで教会の入り口に突っ込んだらしい。


「い、今、回復魔法をかけてます、動かないで下さいっ!」

「……タ、ウ、は……」

「今、アイーダさんとゼタさんが……ッ!」


 それはマズイ、と思った。

 あの二人は実力はあるが、プサイには絶対に勝てない。


 ミロクですら、一対一(サシ)で戦ったらどうなるか分からない、それくらい、相手は強すぎるのだ。


「く、スィ……腰、の、香水……!」


 それだけ言葉を捻り出したところで、また咳き込んだ。

 おそらくはクスィーの回復魔法のおかげで、命だけは取り留めたのだ。


 しかし、血を吐くほどの損傷なら、彼女には癒せない。


「こ、香水!?」

「俺が見る!」


 少年の声に目を向けると、カイも自分のすぐ近くにいたようだった。


「ふくろ、じゃない……ななつ、どう……ぐ、の、ケース……」

「こ、こいつか!?」


 カイが目の前に持ってきた木箱を見てうなずき、イストは手を伸ばした。


「あけ……」

「分かった!」


 指が震えて留め金に引っかからず頼むと、カイが香水ケースを開く。

 並んだ小瓶の一番右下を示すと、彼はそれを手に取った。


「ふた、あけ……ろ」

「開けた! で、どうするんだ!?」

「いってき、くち、に……」


 軽く口を開くと、カイが香水瓶を振った。


 ポタポタ、と口にこぼれた液体の味を感じた瞬間、イストは跳ね起きて四つん這いになる。


「ゲェェ!?」

「きゃっ!」


 イストの勢いに跳ね飛ばされたクスィーが可愛らしい悲鳴を上げるのと同時に、思わず叫ぶ。



「クッソまずい!!!!」


 先ほどの血とは別の意味で吐きそうになる、猛烈な苦味である。


「ってゆーか、めちゃくちゃ元気じゃん!?」

「ウソ……だってさっきまで、お腹が……」


 とクスィーがイストの腹に目を向けるので軽く撫でると、服が破れて肌の感触がした。


「あの野郎マジで手加減してねぇな……腹に穴空いてただろ、これ……」

「そうだよ! なんで復活してんの!?」


 混乱してる様子のカイから香水瓶を取り戻して、イストは蓋を締めると軽く振る。


「こいつは、『ユグドラの葉の絞り汁』だ」


 その言葉にカイは首をかしげて、クスィーが息を飲む。


「世界樹の!?」

「そうだ。瀕死の重症でも癒す奇跡の液体……でもこれ、マジでマズイんだよ……」


 死人も飛び起きる、と言われるほどのヤバい味なのである。

 だが正直、飲みたくないとか言っていられる状況ではなかった。


 邪銃は吹き飛ばされた時に落としたようで、手元にない。


「くそ……」


 あまりにも不利な状況に眉根を寄せながら、イストは教会の外……アイーダたちとプサイの戦闘に目を向けた。

 

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