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スカウトマンは、一連の事件について知る。


 イストは、顔を伏せて頭を掻いた。


「参ったな……そういうことか」


 見事に騙されていた、とイストは自嘲した。


 かつて、四天王との決戦が行われた時の記憶をおぼろに思い出す。

 

 最前線に立ち、竜戦士フィーアと渡り合っていた拳闘士。

 冷静な立ち回りと手数、巧みに強烈な一撃を織り混ぜる戦略に、バターに似た香りを感じたのを覚えている。


 様々な食材に合い、舌を楽しませる。

 その時イストは、仲間にいれば潤滑油になるだろうと感じたのだ。


 彼はきっと、ギルドマスターを務めていた時同様に、パーティーのムードメーカーだったに違いない。


 ーーーだが今は。


 イストは鼻に、危険の臭いに混じる微かな腐臭を感じていた。


 才能が、腐った時に発する臭いを。

 

「お前さんの、足の古傷ってのも、嘘か?」

「いや、そいつは本当さ」


 タウ……プサイという本名を明かした中年は、深いシワが口元に寄る笑みを浮かべたまま答える。


 彼の怪我は、フィーアによって負わされたものだった。


 オメガをイストが殺した時ーーー無傷だったのはただ一人、聖女だけだったのだ。


 もう一人の仲間とともに傷を負った彼を逃したのは、オメガの願いだった。


 狂乱する聖女を腕力で押さえつけ、傷ついた足を引きずりながら後退したのは、オメガの意思を無駄にしないためだったに違いない。


 彼が『ハジメテの村』のギルマスになったのも、そう考えれば合点が行く。


 もしイストが、オメガの墓参りに訪れなければ。

 多分彼が、この場所の世話をするつもりだったのだろう。


「俺が来る前に聖剣の周りを掃除したのも、お前さんか」

「ああ。最後だと思ったからな」


 一回くらいはな、とプサイは自分の手を見下ろした。


「足はな、満月が近づくと調子が良くなってくるんだ。普通に動ける程度には、な」


 その奥歯にものが挟まったような言葉を聞いて、イストは頭の中に電撃が走ったように、あることを理解した。


 魔獣によって負わされた怪我に利く、新月草の効能。


 カウンターでこちらの正体を知っていることを尋ねた時に言った『いつまで会えるか分からない』という言葉。


 それらを総合して、彼の身に何が起こっているのかをイストは理解した。

 理解して、しまった。


 フィーアによって負わされた怪我に、新月草は効かない。

 なぜなら竜戦士は魔族であり、魔獣ではないからだ。


 ならばなぜ、彼は足の怪我に効くと嘘をついてまで、その薬を求めたのか。


 ーーー新月草の粉薬に備わる、もう一つの効能は。




「……人狼病、か……」




「ご明察。テメェはやっぱり賢いな、イスト」


 彼はゆっくりと腕を上げ、嵌めていた手袋を取り去る。

 するとその下から現れたのは、奇怪な腕だった。


 鋭い爪を生やした手は、人と同じように五指が動く形をしていながら灰色の毛並みに包まれ、明らかに人間のそれではない。


 人狼病は特殊な病だった。


 ある種の魔獣や、あるいは吸血鬼などの眷属を増やす種が持つ《感染(インフェクション)》のスキル。


 それによって稀に生まれる、根治が難しい病の一つであり、どの系統にも属さない人狼(ワーウルフ)に人を変質させる病だった。


 その病にかかったものは、魔物とも、魔族とも、まして魔獣とも呼ばれない。


 ーーー魔性ましょう


 満月の晩に狼に似た姿に変わり、理性を喪って全ての生者を無差別に襲う、最悪の存在である。


 新月草の薬によって進行を抑えることは可能だが、それでも徐々に体と理性は蝕まれていく。


 出会った時から、十数年。


 それだけの年月を人狼として人を襲うことなく過ごせたのは、プサイの鉄壁の理性ゆえだったのだろう。


 己が己でなくなる恐怖や、未知の衝動に突き動かされる晩を、誰にも気づかれることなく過ごし続けるのは、どれほどの胆力かと思わずにはいられない。


 昨晩、彼は痛みに呻いていた、のではなかったのだ。

 人狼と化す自分を、押さえつけるための呻き声。


 ーーーそんな声を、離れた自分に聞こえるくらい漏らさなければならないほど、プサイの病状は進行しているのだろう。


「だから、最後、か」

「ああ。どうやら人狼になる前に寿命が尽きることはないらしいと思ってな。それならと、テメェとやりあうことに決めた」


 まるで次の日の晩飯を何にしようか、とでもいうような軽さで、プサイは言う。


「俺の仕掛けはどうだった? 魂だけを飛ばした皇女がテメェと会ったのはちっと予想外だったが、魔獣やゴブリンの件も、楽しめたかい?」

「……お前さんの仕業かよ」


 どうりで、動きが図ったように先読みされているわけだ。

 実際に間近で様子を見ながら、プサイは全て図っていたのだから。


「何のためにこんな回りくどいことをした?」

「ゴブリンとレッドブルンのことに関しては、ただの偶然だよ。ラフレシアンを繁殖させて、テメェをいつもより長くこの地に……満月の晩まで引き止めることだけが目的だったんだ。だが、ゴブリンの村を迷い出た奴が襲っちまったから、ついでに利用した」


 奴らには悪いことをした、とゴブリンとレッドブルンに謝罪するような様子で、プサイは言った。


 だから彼は、ゴブリンに『イストを探せ』と伝えたのだろう。


「上手いこと、事を収めてくれてありがとよ」

「別にいいけどよ。クスィーを《遊離体(ファントム)》にしたのは何でだ?」

「仲間の願いさ。ラフレシアンの繁殖を手伝ってもらう代わりにな。……アイツは、ナムアミを乗っ取ろうとしてる。テメェと魔王軍を、未だに恨んでるからな」


 おそらくは聖女だろう。

 オメガの恋人だった、あの女性。


「……オメガはそんなことを望んじゃいなかっただろうに。また戦争を起こすのか」

「人の情はままならねーもんだ。そいつはテメェ自身が一番分かってるだろ?」

「クスィーの体は」

「アイツに引き渡した。その体を使って、法皇に成り代わる気なのさ。……が、その前に俺がテメェを殺っちまうけどな」


 プサイの笑みに、イストは違和感と怒りを同時に感じた。


 ーーーゴブリンには謝意を示すのに、クスィーの体を奪ったことはどうとも思わないのか。


 そして。


「聖女に協力して俺を殺し、再び戦乱を引き起こそうとしているのに……なぜその話を、俺にバラした?」

「そんなもん、決まってるだろ?」


 ザワザワと、風に波打つように毛並みが揺れ、徐々に徐々にプサイが変質していく。

 

 顔横にあるモミアゲが、髭が、髪が、灰色の毛並みに変わって顔全体に広がっていき。

 笑んだアゴが大きく伸びて、並んだ歯がメリメリと牙に変わる。


 そして最後に、黄色く濁っていく眼球をこちらに向けながら、プサイは歪んだ人の言葉を発した。


「テメェはココで死ヌんダーーー冥土の土産ダよ……!」

 

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