少年は、自分なりに出来ることをして褒められる。
ーーー時間は少し遡り、山の中。
「ここから動くなよ!」
川のせせらぎの近くにくぼみを掘ったカイは、スティをそこに押し込んだ。
ウロウロと山をさまよっているうちに、日が暮れかけてしまっている。
カイは、無事にスティを探し出していた。
しかし帰り道でバッタリ妙な魔獣に出会い、そこから慌てて逃げたのだ。
魔獣は一匹だけじゃなかった上に、どの道に行っても村までの間が全部塞がれていて、帰れなくなってしまっていた。
道以外の場所を踏破しようにも、村の場所は分かれど流石にスティを連れて身軽には動けない。
ーーー万一そんなところで魔獣に会ったら、守り切れない。
そう判断して、カイはスティを隠すことにしたのだ。
すぐ近くに、短い滝のように川が流れ落ちている場所があるのを思い出して、そちらに向かった。
着いてみると案の定。
水草の背が高く、ちょうど斜面からも川側からも死角になる位置にスティ一人が隠れられるくらいの穴が掘れた。
魔獣が撒き散らしていた頭がくらっとする妙なコナも、水煙に阻まれてスティが吸い込む心配はないはずだ。
「これで口塞いどけ。あの魔獣のコナはなんかヤバそうだしな!」
一応、水で濡らした布を渡したカイに、隙間に収まったスティが不安そうに言う。
「か、カイはどうするの!?」
「その辺りで魔獣見張っとく。多分、もうおばさんがタウのおっちゃんになんか言ってくれてるだろうしな!」
カイは、幼馴染みに向かってニカッと笑顔を浮かべてみせた。
「イストとかもいるし、すぐに助けにきてくれるって!」
「だ、だったらここでカイも一緒に……」
気が強いくせに不安がりの幼馴染みの言葉に、カイはどう言おうか一瞬迷った。
自分が入れるくらいまで深い窪みを掘ったら、逆にいざと言う時にすぐに逃げられないし、水が穴の中に溜まってしまう危険もあるような場所だったのだ。
カイは結局それを言わず、わざと木剣を取り出してブンブンと振り回して見せた。
「大丈夫だって! いざとなったら魔獣くらい、俺がちょちょっとやっつけてやるから!」
「出来るわけないじゃない、そんなこと!」
「いけるいける! 俺、稽古してちょっと強くなったしな!」
あははと笑ってから、カイはもう一度念押しする。
「ちゃんと危なくなったら隠れるし、無理しねーから! 絶対、絶対こっから動くなよ!?」
「……分かった。でも、本当に無茶しちゃダメよ!?」
「見張るだけだって! 助けが来たら見つけてもらわなきゃだしな!」
そう言ってカイはスティに背を向け、自分も口元に濡れた布を巻きながら表情を引き締めた。
ーーーごめん。
スティに言ったことはウソだ。
あの草みたいなウネウネ魔獣は、多分妙な臭いつけをする、とカイのカンが告げていた。
目はないみたいだが、撒き散らしている花粉に触ってしまったら、こっちのことを認識するのだ。
カイは、スティを庇った時にそれを浴びてしまっていた。
直感的にヤバいと感じて、息を止めてすぐに払ったが、それでもめまいみたいに頭がフラフラしてたのだ。
時間が経ってだいぶマシにはなったものの、まだ影響は残っている。
ーーー近くにいると、スティも危ないからな。
少し離れたところで一度服を脱ぎ、パンパンと払った。
本当は水を浴びたかったが、服まで濡らすと重くなるし、何より体が冷え過ぎて動きづらくなる。
完全に払ってしまうと、今度はこっちの居場所が分からなくなってあの魔獣がスティの方に行ってしまう可能性もあった。
ーーーよし。
そうして待っていたカイの前に、ノロノロと満月の光の中を、草むらから魔獣が這い出てきた。
ツタのような触手をうねらせながら、確実にこっちに近づいてくる。
ーーーよし。
「そのままついて来いよ……!」
カイがスティから離れる方向に軽く走り出すと、魔獣の動きが少し速くなった。
魔獣が十分にスティのいる場所から離れたところで、木立が密集している辺りに飛び込む。
あの体格なら木に引っかかって、中に入って来るまでには時間がかかるはずだ……と考えたところで。
ーーービュン、と別方向から伸びてきたツタ触手が、カイの体に巻きついた。
「……ッ!?」
近くの木立ごとグルグル巻きにされて背中を叩きつけられたカイは、木剣を取り落としてしまう。
「クッソぉ、離せよ!」
バタバタと足をばたつかせるが、触手の力は思った以上に強かった。
全然解けない。
「はーなーせー!」
まさか、逃げた先にもう一体いたなんて運が悪すぎる。
もがいている間に、木立の間に無理やり体を押し込んできた最初の一体も姿を見せた。
「グッ……!」
水に濡らした布も、二体になって視界が黄色く煙るくらい濃厚になった魔獣のコナには無意味だった。
目からボロボロと涙が勝手に流れ、鼻の奥が痛む。
そして、何も考えられなくなるくらい頭の芯がぼんやりして、手足が痺れてきた。
ーーーちくしょー……。
ぼやけていく思考の中に悔しさだけが残ったが、それも消えて。
魔獣の、花弁の間にある口の中に生えたぬめり気を帯びた牙が迫って来るのを見ながら、カイは思う。
ーーースティだけでも……。
逃げ切れますように、と祈ったところで。
突然、何かが破裂する軽い音とともに、触手でカイを捕らえた方の魔獣がいきなり燃え上がった。
「うぇ……ってあっつぅ!?」
いきなり火に炙られて、一気に意識が覚醒した。
「少し熱いくらい我慢しろ」
声音とともにピィン、とカイの目の前を何かの光が横切り、触手が断ち落とされる。
「うわ!?」
いきなり拘束が解けて落ちる体を、横薙ぎにさらわれた。
自分と同じくらいの大きさしかない黒いウサギ獣人の顔が、目の前にある。
「み、ミロクさん!?」
「そうじゃ。何を捕まっておるんじゃ、この間抜けめ」
「うぐっ!」
「しかも泣いとるし」
「こ、これは魔獣のコナのせいだ!」
そうして魔獣から少し離れた位置に着地したミロクが、肩に刀を担ぎ上げながらカイを下ろしている間に、もう一体の魔獣も燃え上がる。
「カイさん! 無事ですか!?」
「ま、少なくともほとんどケガはしとらんの」
手に妙な筒を持ったイストの横から、こちらに駆け出してきたクスィーが声を上げるのにミロクが答える。
「よかった……! とりあえず、解毒だけでも……」
言いながら綺麗な顔に微笑みを浮かべたクスィーが手をかざすと、ぼんやりとした光が体に降り注いで、不快感や頭痛がスゥ、と引いていく。
「はぁ……」
安堵と、痺れが和らいだ感覚に息を吐くと、魔獣が動かなくなったことを確認したイストが双子と一緒に近づいて来た。
こちらの様子を確認した無精ヒゲの、いっつもヘラヘラしてる男は、コナのせいか足に力が入らずに座り込んだカイの前に膝をついて、いつもと違う真剣な顔で言う。
「カイ。スティは見つけたか?」
「この上流の、少し滝になったとこに、窪み掘って隠した……」
するとイストは、ちらりとミロクに目配せする。
「迎えに行ってくれるか?」
「構わんが、お主らはどうするんじゃ?」
「ここからなら、下山するより村跡の方が近い。聖剣には魔除けの加護があるから、スティを見つけたらあの教会に来てくれ」
「承知した」
ニヤリと笑ったミロクが腰に納めた刀に手を添えながら駆け出す。
解毒を受けたカイは、バツが悪くなって自分を囲んでいる冒険者たちを見回す。
ーーーなんも出来なかった。
そんな風に思いながら、こちらを見ている無精ヒゲの青年を上目遣いに見る。
「イスト……俺、魔獣に道が塞がれてて、だから、スティを守って、む、村に帰れなくて」
「分かってる。こんだけいたらな。……とりあえず無事で良かったよ」
イストは、ニッと笑ってカイの頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。
「お前さんはよくやったよ。が、もう一踏ん張りして、一緒に安全なとこまで行こうぜ」