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スカウトマンは、魔獣の状態に不審を感じる。


「ダメだ」


 ついていくと言いだしたクスィーの言葉を、イストは即座に切り捨てた。


「な、何でですか!?」

「あの山はカイの庭だろう。スティだって慣れている。だったら、一緒にただ迷ってるってことはない。……スティがケガをしていて動けないか、魔獣が出ている可能性がある」


 可能性としては前者の方があり得るだろうが、レッドブルンやラフレシアンなど、立て続けに近隣で魔獣の姿が目撃されているのだ。


「危険なんだよ」

「大丈夫です! それに……」

「足手まといだって言ってるんだよ」

「っ!」


 何かを言いかけたクスィーの声を遮って、イストは肩越しに睨みつけた。

 

「そもそもお前さん、俺たちの足について来れるのか?」


 事が一刻を争うものだったら、この場で言い争っている時間すら惜しい。

 イストは気が立っていた。


 しかし、一瞬怯んだものの、クスィーは引かない。


「イストさんの言う通り、スティさんやカイさんがケガをしていたらどうするんですか!? 私なら!」

「応急処置くらいは俺でも出来る」

「もしそれが致命傷に近い傷だったら!? イストさんに治療できるんですか!? あるいは毒を受けていたら!?」


 クスィーの目に力が宿っていた。


 普段の穏やかな物腰とは違う強硬な姿勢とその目の色は、最初に会った時に『魔獣に自分の身を差し出す』と言った時と同じ色合いをしている。


「……もしそうだったとして、何が言いたい?」

「そんな子どもたちを背負って帰ってくるなら、どっちにしたって早くは帰って来れないですよね!? 魔物がいる可能性があるなら、なおさらです。私は確かに防御魔法の方が得意ですが、解毒や治療も出来ます!」


 胸に手を当てて、引くつもりがない意思を示したクスィーは、もう一度、はっきりと言った。


「連れて行ってください!」


 イストは、軽く息を吐いた。


 ーーー参ったな。


 怒鳴られて、逆に頭が冷える。

 探し出して連れ戻す速さと周りの状況を考えていたイストと、子どもたちの身に起こっていることを考えているクスィー。


 どちらが正しいか、は判断できない……それこそ、その場の状況によるからだ。

 だが、確実な判断をするには情報が足りなすぎた。


 イストが少し困って額を指先で掻くと、ミロクが笑う。


「連れて行ってやればいいではないか。献身もここまで来れば大したものよ」

「だが、守れるのか?」

「我を誰だと思っておる。小娘一人の面倒を見るくらいは容易いことよ」


 ふん、と彼女が鼻を鳴らして片耳を立てるのに呼応して、双子もクスィーの横に立った。


「我々も行く。足の方は迷惑をかけるかもしれんが、野山で人を探すのなら、手や目は多い方がいいのではないか?」

「ま、アタシも身軽になったし、いざとなったら背負うよ? 鎧よりは、クスィー様や子どもらの方が軽いしね」

「……分かったよ」

 

 ーーーどいつもこいつも、お人好しばっかりだ。


 そんな風に思いながら、イストは前を向いた。


「ならもう、さっさと行こうぜ。間に合わなきゃ、どんな議論も意味がねぇんだ」

 

※※※


 そうして山に入ったイストたちは、暗くなりかけた山道に入って数分で、いきなり魔獣に遭遇した。


 焦げ臭さと異臭を感じた直後に、ガサガサと葉ずれのような音と共に現れたのだ。


 緑の幹に毒々しい赤い花の頭部、うねるように蠢くツタのような触手と虫の足に似たねじくれた根で這うように歩くそれは。


「……ラフレシアン!?」


 魔獣が出た、という嫌な予想は的中したらしい。

 しかし山に入った直後に出会う、というのはどう考えてもおかしかった。


「構えろ! 全員花粉を吸い込まないように注意しろよ!」


 イストはグイッと口布を持ち上げながら言い、邪銃を引き抜いた。


 ラフレシアンは植物型ということもあって、斬撃や投擲武器は効果が薄い。


 目の前で刀を抜いたミロクなら切り裂けはするだろうが、(くき)の硬度は、草のような見た目にも関わらず木の幹とさして変わらないのだ。


『ギュゥルルルル!!!』


 花弁の中にある牙を備えた口から、ラフレシアンが震えるような鳴き声を上げる。


 ーーー活性化してやがる。


 その毒々しい色合いの花弁が未だ満開状態なのを見て、イストは眉根を寄せた。

 

 ラフレシアンは昼行性であり、夜が近づくと活動を鈍らせ、徐々に花弁を閉じて休眠状態に入る。

 もうすぐ日が落ちるこのタイミングでここまで動いていることは、普通はあり得ない。


 ーーー何が起こってる?


 考えている間に、ラフレシアンはこちらを捕食対象と認識したらしい。


 ツタのような触手が三本、ビュビュン、と音を立てて勢いよく迫ってくる。

 

 その内二本をミロクが居合術によって断ち落とし、クスィーの前に飛び出したゼタが掌底でいなす。


 杖を構えるクスィーの横に跳び下がったイストは、『火』の魔弾を邪銃に込めて前に立つ者たちに声をかけた。


「撃つぞ! 全員頭下げろ!」

 

 前衛の三人がそれに従った直後に引き金を絞ると、ガンガンガン、と三連射する。 


 狙い違わず魔獣に突き刺さった弾丸が炎を発し、その緑の肉体と真っ赤な花弁を包み込んだ。


「とりあえずどうにかなった、が……」


 異臭と焦げ臭い危険のニオイが、消えていない。


「まだまだ大量にいるぞ、この様子だと」

「妙な話よな。一つ向こうの山から来たにしても、そこまで高速で動ける魔獣ではなかろう?」

「様子もおかしいしな……状況が見えないってのは厄介だ」


 残りの『火』の魔弾も、出てきたばかりだからストックはあるが、いちいち全部始末していたら枯渇するだろう。


「なんか、先手を打たれてねーか?」


 ーーー誰かが、俺を見張ってるのか。


「いよいよきな臭いのう。……一連の件に関わってる『誰か』が、ついに動き始めたのではないか?」


 ミロクも同じ結論に至ったらしい。


「白ローブの女か、ゴブリンに俺の名前を教えた奴か……」


 敵の姿が見えない、というのは鬱陶しいものだ。

 しかしカイとスティを見つけるまで、撤退するという選択肢はない。


 イストはガシャン、と弾込めを終えた回転式マガジンを固定し直してから指示を出した。


「とりあえず全員、鼻先と口元を何か濡れた布で覆え。少し息苦しくなるが、不意打ちで連中の花粉を吸い込んじまうよりはマシだ」


 人間たちが各々に口布を水で濡らしていると、ミロクが平然と告げる。


「練気法を修めておる我にとっては、特に問題がないんだがのう」

「なら別にいいけどよ」


 魔族はそもそも、身体に異常をきたす類いの魔法などへの耐性が人間に比べて高い。


「お主が手配したという魔獣駆除の連中はまだかの?」

「……色々、準備があってな。着くのは明朝だ」

「肩の荷が重い連中は、腰も重いのう」

「その分、一人じゃ出来ないことが出来るんだよ。速いに越したことはないのは同意だけどな」


 そのまま、何体か山道沿いに出現したラフレシアンを始末しながら進むと、不意に先の方で悲鳴が上がった。


「今のは……!?」

「急ぐぞ!」


 ハッと顔を上げたクスィーに、イストはその背中を押す。


 そして、ミロクを先頭に危険のニオイが濃い方へと全員で走り出した。

 

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