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スカウトマンは、少年少女を探しに行く。


 宿の前に戻ると、ミロクが三人娘を相手に鞘に入れたままの刀で戦っていた。


「避けるな、ほれ」

「あ、わ!」


 どうやら新しい連携の訓練をしているらしい。


 鎧は身につけていないものの、防御結界を張ったクスィーを前衛に立てた、イストが提案した形式である。


「クスィー様!」


 ガン、と防御結界を鞘で打たれて身をすくめる彼女を見て、アイーダが心配そうに声を上げるが。


「いちいち盾が打たれた程度で止まるな。結界は破れとらんだろう」

「だ、大丈夫です、アイーダさん!」


 クスィーが答える間にも、動きを止めなかったミロクはトーン、とその種族的な脚力を生かして跳ねる。


「それと、盾が竦むな。その間にこうして、背後に抜かれる」

「くっ……!」


 ミロク同様に刀を構えていたものの、クスィーに気を取られていたアイーダが、軽いミロクの連撃を受けきれずに浅く脇腹を打たれた。


「ぐっ……!」

「これでお主は死んだ。主人の身を案じて殺されていれば世話はないな」


 体をくの字に折った剣士から、シュラビットは最小の動きで最後の一人、ゼタに向き直る。


「破ッ!」


 元々、戦士として体術の訓練をしていたのだろう双子の妹は、かなりサマになった動きで一直線に敵に迫る。


「姉よりはマシだな。が、素直すぎて話にならん」


 掌底を放つゼタに、フ、と腰を落として正眼に刀を構えた。

 迎撃の姿勢で、打ち込まれた掌底に合わせて足を踏み込み、コーン! と鞘で拳闘士の額を打つ。


「あだっ!」

「隙を突くのなら、姉がやられた瞬間にせい。動きが一歩遅い」


 見る間に三人を制したミロクに、イストは拍手を送った。


「お見事」

「ふん。肩慣らしにもならん。ほれ立て、もう一回じゃ」


 イストには、それがミロクなりに彼女らを案じているからの行為だと察していた。


 相手をする三人娘もそれを分かっているのだろう、特に泣き言も言わないまま、再びミロクと対峙する。


「ほどほどになー」


 ボコボコにされすぎて明日動けない、などということになっては本末転倒極まりない。


 宿の中に入ると、タウが戻ってきていた。


「おー。昼間から仕事サボって女でも口説きに行ってたのか? 不良ギルマス」

「ジジイの相手する女なんかいねーっつっただろ、万年Fランク」

「一応Cランクだよ」

「大して変わりゃしねーよ」

 

 水飲むか? と問われてうなずいたイストは、カウンターに腰を預けて差し出された水のカップを手に取る。

 そして目を合わせないまま、口にした。


「明日の朝に発つことにした」

「そうか」


 墓参りを終えて出て行くのは、いつものことだ。

 だがタウには、いつもと違う問いかけをしなければならない。


「……俺が〝イスト〟だってことに、気付いてたんだな、お前さん」


 チラリと目を向けると、タウは手元のカップに目を落としたまま、軽く片頬を上げる。

 その笑みにも、出会った頃よりシワが多く寄るようになっていた。


「バレたくなきゃ、偽名くらいは使うこった。会った時から知ってたさ。テメェは、そこそこ有名だぜ。少なくとも名前はな」


 それが勇者の墓参りとくりゃ、とタウに言われて、イストは口をへの字に曲げた。


「悟らせねーとは、なかなかタヌキだ」

「テメェは、自分で思ってるよりも遥かに間抜けだよ。だからいつも、気を付けろって言ってただろ」

「なるほど違いない。これからは間抜けじゃなく大間抜けとしての自覚を持つよ」


 イストが笑うと、タウも肩を震わせた。


「……なぁ、来年も来いよ。いつまで俺がいるかは分かんねーがな」

「そうするよ。だが、俺としては末長く生きててもらいたいんだが」

「生きてるだけならしぶとさにゃ自信があるが、足がいつまでいうことを聞くか分かんねーからな」


 そう言われて、イストは昨夜、寝る前に呻き声を聞いたのを思い出した。


「……薬飲んでても、だいぶ痛むのか?」

「ああ。夜は特にな……聞こえてたか?」

「外見通り、熊みてーな唸り声だったからな」

「この野郎」


 ゴン、と拳を振り下ろされたので、イストはカウンターに預けていた背中を浮かして避ける。


「あぶねーな。カイじゃねーんだからよ」

「似たようなもんだろーが」


 小僧が、と。

 イストが四天王だと知っていても、それを悟られたと知ってもなお、今までと同じ態度で接してくれる。


 嬉しくなりながら、イストは飲み干したカップをタウに返した。


 その後、表の訓練に少し付き合い、夕食までの時間をのんびりと過ごしたが……食事を終えた直後に、血相を変えた女性がギルドに飛び込んできた。


「タウさん!」

「おや、薬屋のおかみさん。どうしたい?」


 スティによく似た女性に、イストを含む食堂全員の視線が集まる。

 問いかけるタウに、走ってきたのだろう、額にじんわりと汗を浮かべたまま、彼女は言った。


「スティとカイが、山から帰って来ないんです……!」


 聞くところによると、昼前に出て行ったスティが夕方近くなっても帰ってこず、カイに迎えを頼んだのだという。


 なのに、そのカイまでも帰ってこなかったのだと。


「あの子たちは、どんなに遅くなっても、絶対に夕食には帰ってくるんです……! それがないってことは、何か、起こったんじゃ……」


 泣きそうになっているスティの母親に、タウが険しい顔でうなずきかけた。


「……なぁ、イスト」

「分かってる。正式な依頼か?」

「お金なら払います!」


 そう告げたスティの母親に、イストはうなずいた。


「なら、成功払いだ。もし二人を連れて帰って来れたら、そうだな……」


 先ほどの感謝も込めて、と唇を震わせている女性に片目を閉じて見せる。


「マスターに、前回と同じ量の新月草の煎じ薬を、タダで処方してくれ」

「え……?」

「おい、イスト」

「別にいいだろ? 小僧と娘さんを連れて帰ってくるだけの簡単な依頼なんだから」


 実際は、山に入ってしまえば夜になるし、魔獣の仕業である可能性もあったので危険な依頼ではある。


 が、イストがそうしたいのだから、それで良いのだ。


「じゃ、行ってくる。ミロクも付き合わねーか? もしかしたら魔獣がいるぜ?」

「ふん。レッドブルンよりも歯応えがあればいいがの。いなかったら朝飯を奢れ」

「そもそも泊まり代は全部俺もちじゃねーか」


 言い合いながらスティの母親にうなずきかけてドアをくぐろうとしたイストに、クスィーが背後から声をかけてきた。


「わ、私も行きます!」

 



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