スカウトマンは詰めに入る。
朝食を終えて着替えたイストが降りて来ると、クスィーがカウンターの前に立っていた。
すぐそばに双子がいるが、肝心の用がある人物の姿が見えない。
「あれ、タウは?」
「少し出かけるとおっしゃっていました。私がお留守番です!」
「いや体良く使いすぎだろ」
ニコニコと嬉しそうに答えた、献身の極み少女に思わずツッコミを入れてから、イストは頭を掻く。
「しゃーねぇなー……ちょっと話を聞こうと思ったんだけどな」
「ご用件なら承りますよ?」
「そーゆーんじゃねーんだよなー」
言伝を頼む類いの話ではない。
それよりも、とイストは双子以外の姿がないのを幸いにクスィーに話しかけた。
「お前さん、姫様だったんだな」
「そう、だったみたいです」
「聞いても記憶は戻らなかったのか」
そのまま、何気なく昨夜話したアイーダの顔を見ると、彼女はゼタと共に全く同じ動きで首を横に振る。
イストが魔王との繋がりがある、という話はゼタは知っているがクスィーは知らない、ということなのだろう。
「ま、いーや。俺も少し出かけてくるけど、ミロクの姿は見かけたか?」
「鍛錬をすると言って、ギルドの前にいますね」
「熱心だなぁ」
あのシュラビットは、本当に食うことと戦うことにしか興味がない。
もっとも、イストの願いを守って三人が逃げないように見張っていてくれているから、ギルドから離れてはいないのだろうが。
ーーーもう心配ないって言いたいとこだが、見張りは続けてもらわねーといけねーんだよな。
クスィーの秘密を明かした以上、アイーダたちはもう逃げるつもりはないだろう。
が、話を聞いたら逆に狙われる心配が出てきたので、それについては話をしてそっちに警戒を切り替えてもらう必要はある。
「なぁ。この話、ミロクにもしていいか?」
アイーダに問いかけると、彼女はクスィーの方を見た。
「どうされますか?」
すると、主人である少女はその問いかけに少し戸惑った様子を見せてから、イストを見る。
「……なんで俺を見るんだ?」
「話しをする許可を出しても良いでしょうか……」
「いや俺が聞いたんだよ」
どうもクスィーはヒナのすり込みのように、イストを頼っているようだ。
ーーーどうでもいい三竦みだな。
イストが求めた許可を、イスト自身が吟味してどうするというのか。
「いや、お前さんのことなんだからお前さんが決めろよ」
「えっと、なら、話しても大丈夫です……」
そんなやり取りで微妙な空気になったところで、空気を読まないゼタがあっけらかんと言う。
「何この茶番」
「奇遇だな。俺もそう思ってたとこだ」
言いながら、イストは外に出た。
ミロクに事情を話してから、先日同様ドライに連絡を入れる。
『ねぇ。忙しくなるから邪魔なあなたを外に出したんだけど?』
「知ってる」
『なんで仕事を増やすのかしらね?』
口調そのものは普段通りに淡々としているが、どうやら忙しいから気が立っているようだ。
ーーーまぁ、ただでさえ各国祭りの準備で繁茂期なのに、神聖国家に魔獣の発生だもんなー。
申し訳ないと思いつつも、譲るわけにもいかない状況なのは彼女も承知しているはずなので、純粋にこれはただの八つ当たりである。
「しゃーねぇだろ。ってことで、いつ頃来れる?」
『着くのは明朝』
ドライの口にした日時は、イストの予測より半日遅かった。
「準備出来てたんじゃねーの?」
『ツヴァイに【影炎爆撃球】をいくつか用意して貰ってる。個体ごとに潰してたら間に合わなさそうだからね」
ツヴァイは、魔王軍四天王の一人である悪魔の名だ。
「……寝ぼけてたんだろ」
『あの子の夜更かしはもう治らないわよ。楽しい時だけ早起きしてくるけど』
「よく知ってる」
ツヴァイは、出会った時から午前中全く使い物にならないことで有名だったのだ。
ちなみに【影炎爆撃球】はその名の通り、投下すると『熱を持たない影の炎』を広範囲に撒き散らす魔導具である。
影響下にある火の魔力を弱点とする存在の精神を焼失させるので、単体で明確な意思を持たないとされる樹木の類い、すなわち森そのものは焼かないのだ。
『それに昨夜聞いたナムアミの報告の件もあるしね。フィーアの扱いに慣れた連中で部隊を編成し直したし』
「そりゃ助かる」
アイーダの話を聞いた後、すぐに連絡を入れておいて正解だったようだ。
なんせ法皇の一人娘、その安全確保と神聖国家の実態調査をするのには、戦力が高いほうがいいに決まっている。
「じゃ、明日の朝にオメガんとこでいいか?」
『滞りなく』
そのままプツンと通信を切られたので、イストはギルドに戻った。