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スカウトマンは、身分を見抜かれる。

「一人娘……俺が知っている名前とは違うようだが?」


 確か、法皇の一人娘は『サメク』という名前だったはずだ。


 しかしイストの疑問に、アイーダは首を横に振った。


「ナムアミには、真名を無闇に明かしてはならないというしきたりがある。クスィー、という名前も愛称だ」


 覚悟を決めたらしい彼女は、秘密にしていたことを口にすると言葉に淀みがなくなった。


 ーーーそういや、ドライが神聖国家がきな臭いとか言ってたな。


 そこに繋がるピースを、どうやらイストは知らぬ間に手にしていたらしい。

 たった二人の護衛を連れて逃げている皇女。


「なぜ逃げた?」

「……聖教会の重鎮に、国家が乗っ取られたからだ」


 アイーダは、ゼタと共にクスィーの側付き兼護衛のような立場を担っていたらしい。

 

 といっても、彼女たち自身も貴族の子女で学年は違うが貴族学校に通っており、どちらかといえば学友に近い立場だったという。


「双子の存在は吉兆だとするしきたりから、皇女が生まれた際に側付きに任じられたのだ」

「なるほどな」


 神聖国家は全員が『神の兵士』であるという教義の元、戦士か魔導士のどちらかの修練が必須とされている。


 だから彼女らは、それぞれに重戦士と狩人の職についていたのだろう。


 神聖国家の貴族ゆえに、聖騎士を目指すことも、貴族の嗜みとも言われる弓の腕前を生かした職につくことも不自然ではない。


「乗っ取られた、ってのは?」

「……事の発端は、一人の聖女が台頭したことだと言われている。だが、私自身はその話を詳しくは知らない」


 国家の陰謀を耳にするには、彼女たちはまだ若く、同時に政治に深く携わる立場にもなかったのだろう。

 

「気づけば、法皇陛下がご政務を休まれることが多くなっていた。それをクスィー様は案じていたが……その後徐々に、ご親類の様子が変わっていった……」


 彼らは熱心に聖教会に通うようになり、口々にそこにいる聖女を称える言葉を口にし始めたのだという。


「法皇様は、行政と宗教の権力者の結びつきを厳密に分けていたらしいが、その境目が曖昧になっていくように感じられた」


 状況に危機感を抱いた少数の者たち……アイーダとゼタの父親を含む者たちが、

ある時厳しい表情で告げたのだという。


「あの聖女は危険だ、と」

「だから逃げたのか」

「それが指示だった。国家の現状を、どうにか魔王陛下に伝えて欲しいと」


 すでに、従わない者は政治の中核から弾き出され、連絡を取る手段がなかったのだという。


 ーーーそいつは妙な話だな。


 イストは、アイーダの話に違和感を覚えた。


 魔王政府は合衆制を取っており、大まかな方針はあるものの、大半の政務はそこに住む者たちに預けている。


 代わりに、大きく窓口を開いていて、何か問題があれば、下級の貴族であれ市民であれ、訴えを起こすことは可能にしてあるはずだった。


 その大きな一つが、冒険者ギルドである。

 魔王政府直轄の組織に指定してあるため、支部から上がった報告はギルド本部で裁定されて上に上がるはずだ。


 ーーー上層部には、不正をするような奴は入れてなかったはずなんだがな。


 そこで情報を止められると問題があるので、定期的に香りを嗅ぎに行っている。

 つい先日も、特に不穏な香りは感じなかった。


 となると。


 ーーーそもそも支部から報告が上がってない、か。


 そこまで掌握しているとなると、これは厄介な話である。


 ギルド職員が神を信仰することも、聖教会に顔を出すことも魔王政府は禁じていない。

 それを逆手に取られた可能性は大いにあった。


 ーーーもう一つ考えられるのは、アイーダたちの父親がすでに取り込まれてた、ってところかな?


 皇女を逃せ……というのは、裏を返せば国からの追放とも言える。


 もし少数の独断であれば、即座に追手がかかり、広く知らしめられていてもおかしくはない。

 外聞が悪いなどの事情で明かしていない可能性もないことはないが、仮にそう仮定しても護衛二人で、それも足もなく逃げ切れるような追い方はしないはずだ。


 ーーーまだ、足りないピースがある。


 そう結論づけたイストは、話を続けた。


「で、それを俺に話した理由は? まさか職のことだけじゃないんだろ?」


 イストを信頼できると、何かの理由で判断したか。

 あるいは、藁にもすがる思いか……とイストは考えたが。


「マスターが、言っていたんだ」

「何を?」


 アイーダが口にしたのは、思いもよらない一言だった。




「ーーーーイストは『魔王軍との繋がりがある』、と」



 

 その言葉に、イストは思わず固まった。


 ーーータウ。気づいてたのか……。


 まるで普通に接されていたから気づかなかった。

 だが、それを知っているということは、こちらの立場まできちんと理解している可能性がある。


 イストが〝魔王軍四天王最弱の男イスト・ヌール〟だということまで。


 ーーーどうりで。


 勇者の墓参りなんて酔狂だな、という言葉は、二重に意味をかけていたのかもしれない。


「……参ったな」


 クシャ、と髪を掻き上げたイストに、アイーダは不安そうな顔をする。


「つながりがない、のか?」

「いや、逆だよ。……そこまで把握して頼られたなら、やらなきゃダメだよな、って意味だ」


 実際、彼女の語ったことが真実なら一大事なのだ。


 国家転覆、あるいは乗っ取りを目論むようなマネを許していては、平和の根幹が揺らぐ。


「魔王軍にツテはある。対処するよ」


 イストが告げると、アイーダは救われたように表情を明るくした。

 


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