スカウトマンは、記憶喪失の娘の秘密を聞く。
部屋の中でアイーダに椅子を勧めたイストは、自分はベッドに腰を下ろした。
木枠が軋む音を聞きながら背中を軽く曲げ、膝に両肘をついて股の間で軽く指を組む。
「それで、話ってのはなんだ?」
椅子に座ったアイーダに問いかけると、彼女は表情を引き締めたまま小さく答えた。
「……クスィー様のことだ」
ーーー来たな。
先ほどの反応と、今の顔からほぼ間違いないだろうとは思っていた。
慎重に言葉を選ばないと、答えを濁される可能性がある。
イストは眠気を払うためにちくりと痛みを感じる程度に、アゴの無精ヒゲをつまんで引っ張る。
「あいつがどうした?」
「なぜお前は、あの方を聖騎士にしようと思った?」
「適性があるからだ」
特に隠す理由もなければ、嘘でもないのでイストは即答した。
それが何か意外なことだったのか、アイーダはジッとこちらを見つめていた目を軽く見開く。
「……治癒士から聖騎士になった者の話など、聞いたことがない。ましてクスィー様には武器を扱う素養がないんだ」
前衛職など無理だろう、と告げる彼女に、イストは鼻を鳴らして見せた。
「そりゃお前さんたちに、前衛で盾をやる人間の本質が見えてないからだ」
「……どういう意味だ?」
「いいか。人を守る人間に重要なのは、体格に優れていることでも、武勇に優れていることでもない」
前傾姿勢をさらに深くして少しばかりアイーダに顔を近づけると、その顔を人差し指で差した。
「守る意思と、仲間を守る力があること、だ。クスィーは優れた防御魔法の使い手で、意思がある。だから向いていると言った」
「理屈は分かるが、身を守る方法があっても、敵を倒す術を持たない者を前に立たせるなど……」
「攻撃は他の奴が担えばいい。あいつが引き付けている間に他の奴が倒せば結果は一緒だ」
イストは、彼女の言葉を遮って反論した。
軽く鼻白んだ後、アイーダは気分を害したように表情を険しくして睨みつけてくる。
「だが危険だろう!」
「声がデカいぞ。聞かれたくないんじゃなかったのか?」
イストが指摘すると、アイーダは慌てて口をつぐんだ。
挑発し、苛立たせ、その上で我に返す。
交渉ごとで、相手の感情を揺さぶるのは常套手段だ。
彼女たちの秘密を、そろそろ知っておく方が、今後が動きやすいだろう。
情報が揃えば目算も立てやすい。
イストはさらに揺さぶるために、アイーダが嫌がるだろう方向へと話を持っていく。
「一体何がいけない? 仲間は利用して、また利用されるもんだ。お前さんたちは仲間じゃねーのか?」
「……仲間だ」
「なら、信頼して任せてみればいい。彼女の防御結界の強固さはお前さんの方がよく知ってるだろう? 彼女が耐えている間に敵を倒すのは見ず知らずの誰かじゃなく、お前さんとゼタだ」
「……!」
あくまでも正論を並べ立てて、相手の反論を封じる。
『クスィーが仲間だ』という立場で論ずる限り、隠し事をしているアイーダにとっては否定が苦しくなるはずだ。
案の定、口のはしを震わせるアイーダに、イストはトドメを刺した。
「一方的に守る関係は、仲間じゃなく保護者の仕事だろう。そいつは、信頼とは真逆の関係だよ」
「だが……だがもし万一、クスィー様の身に何かあったら!」
また大きくなったアイーダの声音には、本心が滲んでいた。
彼女は否定させたいのだ。
クスィーを前線に立たせるという行為を、隠し事をしたまま『やらせないほうがいい』と言ってほしいのだろう。
ーーーだけど悪いな、俺はそこまで察してやるほど、甘くねーんだ。
顔を伏せたアイーダに、イストはわざと少し間を開けてから、声音を柔らかくして続けた。
「……それは、お前さんたちの事情に関係のある話か? だが、残念ながら俺はその事情を知らないんだ」
ハッと顔を上げる彼女に、イストは小さく笑った。
彼女は少し、素直すぎる。
ぶっちゃけて言えば、交渉相手としてはかなりチョロい。
「そいつを話す気があるなら、そろそろ話せよ。そのためにわざわざ部屋まで来たんじゃねーのか?」
背を起こしたイストは、少し真剣な顔を作って声を低くする。
「……俺はあの子の今後を考えれば、守られているだけで良いとは思わねぇぞ?」
それまで驚いてばかりだったアイーダの表情が青ざめる。
まるで不気味なものを見るように、警戒して軽く身を引くような態度を見せた。
「貴様は……一体、何をどこまで察している?」
ーーーいや、素直にハッタリに引っかかるよなー。
というか、様付けで呼んで、同世代の少女に対してあれだけ露骨に臣下として接していながら、もしかして『自分たちの態度からバレている』とは思っていないのだろうか。
イストは、軽くアゴを掻いた。
「察している、ってほどじゃねーよ。クスィーが高貴な身分なんだろう、という程度は分かるし、多分誰かに追われているんだろうとも思うがな」
「……なぜ、そう思う?」
「お前さんたちが、必死にクスィーを守ろうとしているからだよ」
なのに、とイストは話を続ける。
「護衛がたった二人。……言っちゃ悪いが、そこそこ腕前は立つのに、俺に『何かある』と見抜かれる程度には事情を隠せもしない甘い従者が、二人だ」
「ぐ……!」
Cランク以上の冒険者に匹敵する戦闘技能やサバイバル技術と、それに見合わない情報戦の脆弱さ。
下手をすると、アイーダとゼタ自身も相当高貴な身分である可能性が高かった。
「事情を話そうと思ったんなら、お前さんたち自身も薄々、自分らだけじゃ守れないと感じてたんだろ? そろそろ吐けよ」
イストの言葉に、それでも少し迷った後。
アイーダはボソリとそれまでの『隠し事』を口にした。
「ーーークスィー様は、神聖王国ナムアミを統べる法皇様の、一人娘だ」