スカウトマンは、下準備を始める。
表に出ると、先日イストがやったのと同じように、ゼタがカイの相手をしていた。
「ほら、また手元ばっかりで足捌きがおろそかになってるよー」
「くっそー、なんで当たんねーんだ!? イストには一撃食らわせれたのに!」
「いや不意打ちじゃねーか」
確かに砂は食らったが、一撃をもらった覚えはない。
カイが斬りかかるのをいなし続けているゼタは鎧を脱いでおり、槍どころか木剣も持っていない。
そうして晒された肉体はよく引き締まっており、心なしか生き生きとしているように見えた。
彼女の体から立ち上る香り……マドレーヌのような甘みも、本気で不意打ちしてきた先刻よりも強まっている。
ーーーふむ。
イストは宿の壁にもたれて腕を組んだ。
疲労がある状態での実戦よりも、鎧を脱いだ現状の方が香りが強い、ということは。
ーーー戦闘スタイルが合ってねーんだな。
彼女が鎧を着込んだ重戦士の姿をしているのは『護衛者』だからだろう。
「ちょこまか動き回るんじゃねーよ!!」
「あんたも似たようなもんじゃん。自分は良くて人はダメってのは通らないよ?」
カイは今日、刺突メインの組み立てで戦っているらしい。
動きは前に相手をした時よりも格段に良くなっており、その成長の早さはちょっと本気で『買い』だ。
元が酷すぎたというのもあるが、カイは口とは裏腹に素直に他人の言うことを聞く。
木剣を突き込む足の先もきちんとゼタの方を向いているし、見舞う位置もちゃんと狙いやすい胸元だ。
だが相手をするゼタは、基本がきちんと出来ているのにかなり自由奔放な動きをしている。
体を反らして木剣の突きを避けたかと思うと、そのまま上半身を振るように大きく振り回しながら股を大きく開いて、突き出した足の方向に体を寄せる。
すると、それだけでゼタはカイの横に回り込んだ。
「うぇ?」
「こっちだよー」
死角に回り込まれて姿を見失ったカイに、ゼタはニコニコしながらその頭をポンポン、と軽く叩く。
「はい、また私の勝ち」
「何だよもう!」
「やめる?」
「まだやる!!!」
そうして、二人は延々と演武のように動き回り続けているようだった。
ゼタは、トリッキーな動きをしていても重心がブレず、足捌きも確かなままだ。
ーーー生まれ持って体が柔らかいんだろうな。
バネもあるし、本当になぜわざわざ鎧を着込んでいるのか謎である。
彼女の適性をきちんと見極める者が周りにいなかったのだろうか。
ゼタの香りに近い者を思い出すと、彼女の適性はどう考えても拳闘士の方向なのだが。
ーーーそれに。
「カイ。ゼタの動きはクセが強い分、パターンを見つけたら対処しやすいぞ。きちんと相手を見極めろ」
横から助言を飛ばしているアイーダの方も、弓の腕前はかなりのものだが後衛向きではない。
何がと言われれば、性格が、だ。
「ミロク」
「何だ?」
同じように模擬戦を眺めていた彼女に声をかけると、ウサギ獣人は片耳を上げた。
「予備の刀って持ってるか?」
「うん? 昔使っていたモノなら、何本か『預け屋』に預けてあるが」
ミロクの言う『預け屋』というのはギルドのやっている事業の一つで、冒険者の、持ち運びには不便だが売り払いたくないようなかさばる荷物を預かるサービスだ。
有料だが、手元に欲しい時に、各支部にある転移魔法陣を使って集積所から取り寄せることが出来る。
「金払うから、一本取り寄せてくれよ。それでしっくり来れば、買い取るかどうかはアイーダ次第だけど」
「どういう話かよく分からんが」
「向いてると思わねー?」
イストは、生真面目な性格を表すかのように、姿勢良く立つ彼女を親指で示した。
「後衛やるのには見合ってねー気がするんだよ、あの子。そこそこ短気だしな」
「ふむ。それで刀を教えようというわけか」
「香りがな……」
チグハグなのは、ゼタだけではなくアイーダもだ。
ラフレシアンを相手にした時もそうだったが、仲間が襲われていると前に出ようとする。
見えている分だけ手助けにも入りやすいのだろうが、だからといって後衛が持ち場を離れてしまうのは別の場所との連携が取れなくなる。
本来、後衛は誰よりも冷静に動く必要があるのだ。
「あの子の資質はどっちかってーと遊撃だ。それも、お前さんに近い香りがする」
「なるほどな」
ミロクの香りは、砂糖で煮込んだ小豆に近いものだ。
同様にアイーダの才能の香りも、砕いたピーナッツやアーモンドに近い。
しかし甘みの濃度が前衛ほどではない、ということは、弓の腕前も加味して中距離で自由に動き回るのが合っているのである。
「では、刀を取ってこよう。持っているだけで腐れているからな」
「助かるよ」
イストは片目を閉じると、ミロクがタウのところに行っている間にアイーダに呼びかけた。