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スカウトマンは、魔獣と対峙する。


 ーーー【怒り大猪(レッドブルン)


 Bランクに分類されるその魔獣は、巨大な猪に似た姿をしている。


 縄張り意識の強さと気性の荒さに反して、子が生まれるとその存在を一番に考えて行動するようになる一面を持ち合わせている存在だ。


 またその体には巨体を支えるための浮遊の常時魔法が掛かっており、死んだ後も性質が残るため、魔力を扱える戦士にとっては軽量で良質な装備ともなる。


 このことから、別名を〝翼を授ける獣〟とも呼ばれていた。

 

 小屋の布をくぐった先は見た目より奥行きがあり、そこにうずくまっているレッドブルンは以前見た通常の個体よりさらに一回り大きかった。


 寝そべっていてもイストの身長を超えるほどのサイズで、胴回りにいたっては3人で腕を回して抱え込めるかどうかというほどに太い。


「いいデカさだな。だが、硬くて不味そうだ」


 最初、これを食おうと巣に潜んでいたミロクがおかしげに言うのに答えず、イストはジッとレッドブルンを観察した。


 巨体型の魔獣は生涯成長し続けるため、種の寿命が訪れ魔力が衰えると肉体が崩壊して死ぬ。


 自重の半分を魔力によって支えているからだ。


 目の前のレッドブルンは毛並みが褪せて白いモノが数多く混じっているため、すでに死期が近いように見えた。


 以前倒してブルンドックーを、ミロクが『老いていた』と言っていたのと一致する。


「近づけるか?」

「世話係のゴブリンならバ、もう抵抗はしませぬガ」


 村長に言われてうなずいたイストは、小屋に向かって一歩踏み出した。


 レッドブルンは、目が見えなくなっている。

 黄色の瞳は焦点があっておらず、おそらくは臭いでこちらを認識しているのだろう。


 近づいた途端にレッドブルンは大きくアゴを開き、咆哮を放った。


『ブゥウルォォオオオオォォォ……!』


 同時に、全身を強風のような圧で締め上げられるような感覚がする。


「ッ」

「イスト!」


 警戒したレッドブルンが放ったのは《威圧》のスキルだ。

 相手を緊張させ、萎縮させる。


 が、声をかけてきたアイーダに、イストは小さく指先を動かして『大丈夫だ』と伝えた。


 威圧は第一段階である。

 ここで従えばレッドブルンは襲ってこない……が、イストは一歩後ろに下がる前に、威圧の影響下で一つのスキルを使った。


「……〝見盗(サンプリング)〟」


 ボソリとつぶやいた声を、もしかしたら耳がいいミロクにだけは聞かれたかもしれないが、特に何事もなかったかのように装って後ろに下がる。


 イストが使ったのは、斥候(スカウト)職を極めた者だけが使える二種類のスキルのうちの一つだった。


 『相手のスキルを見盗り、一度だけ使用することが出来る』というものである。


 効果自体は強力そうに見えるが、使用できる回数の制限だけでなく、使用できる対象も『見盗った相手のみ』かつ『見盗ったその場』だけなので、所詮は下位職のスキルに過ぎない。


 だが、このスキルの存在はほとんど知られていなかった。


 理由の一つは、そもそも下位職を極める者がほとんどいないこと。

 自身の練度が上がれば派生職や中、上位の職に変わることができるので、就いている者が初心者くらいしかいないのである。


 もう一つの理由は、単純に知名度の問題だ。

 スキルの名称そのものは冒険者ギルドの職鑑に書かれているものの、内容までは書かれていないのである。


 イストが退くと、レッドブルンはこちらを見たまま《威圧》のスキルを解いた。


 同時に、カッと目を見開いたイストは同種のスキルを行使する。


『……!?』

「え……」

「なっ!?」


 魔獣だけでなく、仲間たちも影響下に入り、クスィーとアイーダが声を上げた。

 自分の使ったものをそのまま跳ね返されたレッドブルンは、イストのほうに鼻先を向けてくる。


 相手の目は見えていないが、睨めっこだ。


 目を逸らさないまま威圧を放ち続けるこちらに、緊張で全身の毛を逆立てていた魔獣が不意に力を抜いた。


 ーーー上手くいったか?


 獣は、巣や自身の身を守るために敵を威圧する。

 

 が、その他は餌を狩ったり、縄張りを奪い合ったりする時以外にそうした行動を取ることはないのだ。


 魔獣は言葉が通じないが、野生の理に生きている。


 同格と認めた相手でなければ追い払おうとするが、自身と同等、あるいは上と認めた相手には身を引くのだ。


 野生の獣にとっては、命を繋ぐことが最も大切なことだからである。


 身を起こそうとするレッドブルンに、イストは近づいた。


「おい」

「もう平気だ」


 レッドブルンはイストの威嚇に去ろうとしているのだろう。


 小屋に一緒にいて威圧を受けた世話係のゴブリンたちがどうしていいかと慌てふためくのに、イストはゴブリン語で語りかけた。



『縄張りを奪うつもりはない。だから動かなくていい。そう伝えられるか?』

『デ、デキ、ル!』


 ゴブリンたちは、世話をするうちに扱い方を心得たのだろう。

 全身を撫でさすり、ゴブリン語でキィキィと『ネテ! ネテ!』と語りかけていた。


 レッドブルンは近づいたイストに抵抗する様子がないので、その下顎から伸びる凶悪な牙の脇に手を添えて、同じように呟いた。


『寝てくれ』


 すると、体を起こそうとしていた力が抜け、再びレッドブルンが寝そべる。


 ホッと息を吐いたイストは、腰の袋を取って口を開き、レッドブルンの鼻先に置いた。


 そっと後ろに下がると、レッドブルンはクンクンと鼻を嗅ぎ、ブルゥ……と鼻を鳴らした。


『俺たちが狩った』


 イストは、苦い気持ちとともにそれを口にする。


 ーーー袋の中に入っていたのは、死んだブルンドックーたちから集めた毛の塊だった。

 

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