スカウトマンは、小鬼の村に着く。
その日の夜。
改めて新月草の群生地に向かうと、ゴブリン達はきちんとそこで待っており、村まで案内された。
一応、ラフレシアンの件と翌日までは帰らない旨をタウに伝えてから、三人娘も加えての外出である。
「昨日はダメとおっしゃっていたのに、今日は大丈夫なのですか?」
「まぁ、盗賊や魔獣がいない、ってのが分かったからな」
実際は、盗賊とゴブリン達とは別件の可能性もあるのだが、アイーダとゼタ、ミロクがいればとりあえずは問題ないだろう。
それに、夜中にクスィーを連れて逃げられては困るので、二人を監視する、という打算もあった。
ミロクがいる以上、山で襲いかかってくる可能性はないとも読んでいる。
今のところ、そんな気配はなく二人とも黙々とついてきていたが。
「しかし、ゴブリンが魔獣を世話するというのも奇妙な話だな」
「それを言うならレッドブルンがゴブリンの村を守ったのも奇妙な話だよ」
アイーダがゴブリンの案内を受けながら漏らしたつぶやきに、イストは適当に答えた。
魔獣と十把一絡げに言ったところで、人間や魔族同様、個体ごとの個性はある。
「俺の読みが確かなら、あの巣のレッドブルンは情に厚いからな」
弱者とみなしたゴブリンを庇護しようと動いていても、特におかしいことはないだろうと思われた。
しかしアイーダは不審そうに眉をひそめる。
「なぜそんなことが分かる? その魔獣に遭遇したことはないんだろう?」
「まーな。だけど、ゴブリン達の話を聞いてそう思ったんだよ」
相手は手負い獣である。
それがゴブリンを蹴散らすどころか、彼らが抑え切れるくらいに消耗しているのなら、普通は巣に戻ろうとはしない。
どこか安全な場所を探し、回復するまで身を潜めようとするはずだ。
「上手く行くといいけどな」
そんな話をしている間に、ゴブリン達の村にたどり着いた。
ゴブリンとしてはごく普通の村で、木を組んだ粗末な家屋がいくつか並んでいる。
おそらくは魔王の世界征服には加わらなかった小村らしく、一応火の使い方を覚えている形跡はあるものの畑に類するものはないようだった。
狩りや果物拾いで暮らしているのなら、ゴブリンの総数もそう多くはないだろう。
家屋の中で息を潜めている気配は感じるものの、出てくる様子はない。
「……不気味だな。襲われないか?」
「怯えてんのさ。こっちが何もしなきゃ何もしては来ねぇだろうよ」
アイーダが目つきを鋭くするのに、ミロクが軽く答える。
『コッチ。ムラオサ、イル』
案内のゴブリンが手招きした先は、村の中でも比較的大きな小屋で、粗末ながら入口が吹き抜けではなく、大きな布で塞いであった。
村長の家なのだろう。
その入り口で、一人の杖をついた老ゴブリンが立っていた。
「お待ちしテ、おりましタ」
深々と頭を下げたゴブリンは、少しなまり気味だが人語を発した。
他のゴブリンより体格も大きく、肌の色が緑よりも黒に近い。
その特徴から、イストは彼がハイランクに至ったゴブリンであることを推察する。
「ホブゴブリン……いや、ゴブリンシャーマンか」
「さようデ、ございまス」
瞳の奥に見えた知性の色と、同時に明確に浮かんでいる怯えを見て、イストは内心首を傾げた。
「フンダート、が以前、お世話になったト、うかがっておりまス」
「あぁ……」
そう告げられた名前に、一瞬口元を引きつらせてしまった。
―――ここ、あいつの故郷かよ!
フンダートは、魔王城で飛竜の管理官をしている小鬼である。
魔王城を発つ時も、にこやかに見送ってくれた相手だ。
フンダートには、昔、息子を喰い殺した魔獣を追って村を飛び出した過去があった。
そいつと対峙して、負けそうになっていたところをたまたま通りかかったイストが助けたのだ。
傷が癒えた後、わざわざ魔王城まで旅をしてきて、『恩義を返すために仕えさせてくれ』と懇願されたので、魔王城で管理職をやってもらっているのである。
確かに、彼と出会ったのはここからそう遠くない場所だった。
その魔獣はもちろん今回のレッドブルンとは別で、とっくの昔に土に還っているが……フンダートの知り合いだからこそ、村長は怯えているのである。
―――俺が魔王軍四天王だって知ってるだろうからな……。
しかし事実をここで口にされるのは、非常にマズい。
クスィー含む三人がどう動くか分からないからだ。
「なるほど。じゃ、早速魔獣のところに案内して欲しいんだけど」
コリコリと額を指先で掻きながら、イストはさっさと話題を進めて流すことにした。
「その前に、一個だけ教えて欲しいことがある」
「なんなりト」
「俺のことをお前さんたちに教えたって相手は……白いローブの女だったか?」
タウから勇者の墓の位置情報を買った、というその相手の外見を伝えると、村長は首を横に振った。
「いいエ。ワタシどもが出会ったのハ、フードを目深に被リ、外套を着込んだ者でス」
「そっか」
もしこの二つの情報が線で繋がったら、一連の事件が誰かの手によるものの可能性が濃くなったのだが、違うようである。
ということは、イストが色んなトラブルに巻き込まれているのは、運がないだけ、ということらしい。
―――それもそれで、なんかやだなぁ。
トラブルそのものが願い下げなのに、偶然が連発しているとなればなおさらだ。
「ま、それだったらいいや。魔獣のところに案内してくれるか?」
「はイ。……こちらの中でス」
そう言って、村長が小谷の布をめくると……奥に、黄色く輝く一対の巨大な瞳が見えた。