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スカウトマンは大人げない。


「とぁー!!」


 カイは、イストの挑発に乗っていきなり飛びかかってきた。

 勢いをつけた跳躍から、大上段に構えた木剣を振り下ろしてくる。


 それなりに速い、が、それはあくまでも村の子どもにしては、だった。


「はっは、サルでももう少しマシな動きするぞ?」


 ス、と軽く左に一歩だけ避けると、カイの木剣が空を切る。


「ほい」


 浅く、押し付ける程度に軽い一撃で落ちていく少年の脇腹を薙いだイストは、さらに一歩前に出ながら、足で小さな円を描くように反転する。


 元と同じ体勢でピタリと動きを止めて、さらにカイに言い募った。


「これで一本。いやー弱いなー?」

「ムキー!! 手加減すんじゃねーよ!!」


 シュタッと着地したカイには全くダメージが入っていない。


 地団駄を踏んでから、今度は地面に足をつけたまま踏み込んできて横薙ぎの一撃を仕掛けてきたので、イストは小さく後ろに下がると、手首のスナップだけで木剣を振り下ろした。


 カイの刀身を真上から叩いてやると、途中で剣の軌道を変えられた相手がたたらを踏んでバランスを崩す。


「うぉわ!?」

「ほれほれ。大振りしてたら当たんねーぞ?」


 勢いや速度といったものは、あくまで基礎的な動きに乗っていればこそ〝威力〟と〝命中〟が両立するのだ。


 基礎が出来る、というのは、全身の動きから手にした得物の扱い方までを一致させる『型』を意識しないで行えるほどに体に染み込ませることである。


 応用だの臨機応変などというものは、基本を覚え、その上に経験を積むことで初めて活きる。


「足元が疎かだな。足腰は強いみてーだけど、足運びがまるでなってない」


 たたらを踏んだカイの太ももを、コンコン、と返した木剣の先で叩いてやる。


「つま先を相手に向けろ。そして踏み込むと同時に剣先を下ろせ。叩きつけるんじゃなく、自然に下ろすんだ。目線も同じだ。集中して、狙った場所から意識を逸らすな」

「よ、よゆーあるじゃねーか!! 敵にアドバイスだとー!?」

「いいからやってみろよ」


 姿勢を立て直したカイは、顔を真っ赤にしている。


 だが、彼にはどうやらこちらの剣の動きが見えているようだった。

 イストの頭と胴を狙った二度とも、こちらが動き始めた瞬間に目線が気を取られて泳いだのである。


 ーーーセンスはありあまってんだよなー。


 視野が広く、身体能力も高く、小柄な割には力そのものも強い。


 が、それらが全ててんでバラバラなただの能力としてしか発揮されていないのだ。


「口ほど体が動いてねーんだって。そんなんじゃ冒険者にはなれねーぞ」

「……!!」


 すると、カイの目つきが変わった。

 

「バカにすんなー! 見てろよ!?」


 カイは、両手で握っていた木剣を片手で握り直して、イストを鏡写しにしたような構えを取る。


 ーーーお?


 それは意外にもサマになっていたので、イストは内心で感心する。


 形だけではなく、重心の落とし方や爪先で立つ姿勢など、きっちり細かいところまで真似ていた。


 ーーー直観力も高い、と。


 イストは、カイの素質に対する評価をさらに上げる。


 見様見真似は相手を観察し、学ぶ時の時の基本だが、たいていの初心者は形だけで本質が見えていないものだ。


 姿勢一つにしても『背筋を伸ばせ』と言われると大抵の人間は背中に意識を向けるが、それではいい姿勢にはならない。


 背筋を伸ばすには、下腹に力を込めてケツの穴を締めるのである。

 すると前屈みになることの方が不自然に動くことになるので、自然と背筋が伸びるのだ。


 それが、形と本質の違いである。

 

 カイは、確実に『考えて』はいないがそれを実践しているのだ。


「っせ!」


 ゆら、とそれまでとは違う、余分な力が抜けた分だけ素早い踏み出し。

 踏み込んだ爪先の向きも、きちんとこちらに向いている。


 目線は、イストの手元……おそらくは小手狙い。


 踏み込みと同時に、ス、と構えた一点から降りてくる剣先。


 ーーー合格!


 荒いが、それまでよりも格段に巧い動きだ。

 イストは内心で笑いながら、手の甲を上に向けるように倒しつつ、木剣を引くように斜め前に足を踏み出した。


 最少の動きで小手を狙った一撃を受けながら、相手の(ツバ)まで刀身を滑らせる。


 噛み合ったところで手首を返して刎ね上げると、カイの木剣が弾かれて宙に舞った……ところで、カイが意外な動きを見せた。


 弾かれた木剣に執着せず、そのまま右腕を後ろに流しながらグッと低く体を沈めて、こちらの足元に潜り込んできたのだ。


「うぉ!?」


 体を開いた状態でカイを見下ろすと、彼はイスト自身が踏み込みでえぐった足元の土を左手で掻き取り、イストの顔目がけて散らせた。


「ッ!」

 

 とっさに片目を閉じてもう片方を薄目にするが、目に土がわずかに入って痛みを感じる。


「せりゃぁ!」


 カイはそのまま、腕に力を込めつつ倒立するように地面を蹴り、イストが左手で握った木剣の柄を、右足のカカトで蹴り上げられる。


 こちらの木剣も弾かれたところで、振り抜いた右足の勢いのままに今度は左も跳ね上げる。


 ーーーやっべ。


 目を閉じて死角になった方向から迫ってくる足を、イストは勘で受けた。


 足の長さからして、狙いはアゴ。

 右手を、掌を外に向けてアゴに添えると、そこに狙い違わずカイの一撃が叩き込まれた。


 ーーー満点、って言ってもいいかもな!


 完全に不意をつかれた。


 しかしここまでだ。


「フッ……!」


 受けたカカトを手で思い切り握り込み、弾かれた左手を引き寄せて足首を掴む。

 そのまま体重をかけて、押し倒すように体を沈めた。


「どわ!?」


 倒立したカイが地面に仰向けに叩きつけられる直前に力を込めて勢いを緩めると、そのまま足首を極める。


「いでででででで!?」

「はっは、クセの悪ぃ足はこれかー?」

「ちょ、マジで痛いッ!!」

「降参するかー?」


 バンバンと地面を叩くカイに言うが、ギャンギャン騒ぎながらもそれは言わない。


「うぎぎぎぎぎ……!!」

「ふふん、これで二本。三本勝負でも俺の勝ちだな!」


 これ以上やると折れてしまうし、回復が必要になってもそれはそれで面倒なので、パッと手を離してやる。


「ま、参ったって言ってねーぞ!?」


 あぐらを掻いてふてくされる負けず嫌いなカイに、ミロクが喉を鳴らして笑いながら口を挟んできた。


「これ以上はやめておけ。今のお主では一生かかっても勝てん」

「そんなことねーよ!! 木剣跳ね飛ばしたんだから次はいける!!」

「助言を貰っておいて随分と前向きなことだ」


 ミロクは楽しそうな様子で、土の入った目をまばたきと涙で流しているイストを指差した。


「そういうセリフは、こやつにせめて利き手を使わせてから言うといいぞ」

「へ!?」

「あ、バレた?」


 痛みが治ったので涙を拭ったイストは、カイに対して片目を閉じる。


「俺、右利き」

「ウソだろ……?」

「さらに言うなら、こやつは斥候(スカウト)で、元来得意だろう投擲具(とうてきぐ)他の武器を何も使っておらん。得意な剣と体術で負けている時点で、勝とうなんぞ百年早いわ」

「ま、センスは良いし飲み込みも早いから、期待は出来るけどな」


 置いておいた外套を取り上げながら言うと、カイがパッと顔を輝かせる。


「ホントか!? じゃ、俺冒険者になれる!?」

「真面目に剣を練習すればな。後はもう少しバカじゃなくなれば良いとは思うけど」


 戦いが出来るだけで『死なない』冒険者になれれば、苦労はしないのだ。


「さて、教師代と負けた罰だ。どうせ暇なら、ちょっと村の外まで付き合えよ」


 外套をはおり、二本の木剣を拾ってカイに渡したイストはニヤッと笑う。

 

「何するんだ? 魔物退治か!?」

「いんや。今からすることはどっちかってーと薬草拾いに近い。が、人助けではある」


 正確にはゴブリン助けとか魔獣助けだが、そこはいいだろう。


「冒険者ってのは、依頼を受けて他人を助け、報酬を貰う仕事だ。その練習として付き合うか?」

「行く!!」

「じゃ、木剣片付けて来い」

「分かったー!!」


 きた時と同じ勢いで走っていくカイを見送りながら、イストはアゴを撫でる。


「労働力確保。バカとハサミは使いようだ」

「お主は性格が悪い」


 しかし止めるつもりもなさそうなミロクが同じくニヤニヤしているのに、イストは両手を広げて大仰に嘆く。


「なんと。前途揚々な若者に経験を積ませようという俺の好意をそんな風に受け取るとは!」

「先ほど労働力確保と言っていたではないか」


 ごく当然のツッコミに、イストは言い返さないまま水を飲むために宿の中に入った。


 そしてちょうど部屋から降りてきた三人娘と戻ってきたカイを連れて、クスィーに出会った平原に出かけることにした。

 


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