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スカウトマンは、少女の事情を推察する。

 

「クスィーがお前さん達が探してた仲間だったのか……」

「そうだ」


 大騒ぎしたアイーダとゼタの二人が落ち着いた後に話を聞くと、どうやらそういうことらしかった。


 『無事で良かった』と感情が昂りすぎて泣き出したアイーダが、グズグズと未だに鼻をすするのを横目に、イストは人差し指で額を掻く。


「あー、なんか喜んでるところ悪いんだけど……クスィー、今《遊離体(ファントム)》なんだよなぁ……」

「なんだそれは?」


 赤くなった目をこちらに向けるアイーダに、とりあえずクスィーの置かれた状況を説明する。


「てことで、この子には今、記憶と体がないんだよ」

「そんな……どうにか出来ないのか!?」

「体を探し出して、双方の合意があれば融合は簡単だがな……」


 問題は、その体のほうをどうやって探すかだ。


 魂が遊離すると、基本的には体のほうは眠るはずなのだが、稀に意思をもって動き回る場合もある。


 どういう現象なのか解明されていないため、そもそも何で《遊離体(ファントム)》化するのかも分かっていないのだ。


「近隣を探して体が見つからなかった、となると……まずどこにあるかが問題なんだよな……」


 ーーークスィーの状況自体が誰かの策略、って可能性もあるしなぁ。


 アイーダたちが、クスィーのどうやら高そうな身分を明かさないことや、三人だけで行動していたことなど。


 何か事情がありそうなニオイがプンプンする。


 誰かから逃げている、国を追われている、などの場合だと、クスィーの遊離が『その相手による人為的なもの』であることも考慮に入れなければならない。


 ーーー謎が一個減って、一個増えたんだよなー。


 クスィーがただの迷子から、面倒くさそうな裏事情を加えた謎へのランクアップである。


「せっかく見つけたのに……」


 強気そうな外見と違い、アイーダは喜怒哀楽の感情が全て強いらしい。


 しょんぼりして、どことなく子ども返りしてる口調になっているのを少し可愛らしいなと思いつつ、イストは話を続けた。


「まぁ、魂がこの場にあるってことは、体のほうもそう遠くにあるわけじゃねーはずだ。死んでさえいなきゃどうにでもなるし……最悪、このままでも生きてはいける」


 あまりいいことではないが、実体を得ているので普通に生活も出来るし歳を取るのだ。

 問題は、元の体より少し持っている力が弱まることくらいである。


「そっ、そんなことを許容するわけにはいかん!」

「いかんって言っても、イストに当たっても仕方ないじゃん。ちょっと落ち着こう?」


 アイーダよりは楽観的な分、冷静らしいゼタが彼女の肩を叩く。


「っ……そ、そうだな。すまん」

「別に良いけど。……クスィー?」

「え、あ、はい!」

「二人を見て、記憶とかはどうだ?」


 イストが尋ねると、少しぼんやりしていた様子の彼女は、申し訳なさそうに首をすくめた。


「すみません……二人を見て知っている感じはするんですけど、記憶は……」

「そうか」


 まぁ、それに関してはクスィーのせいではないので仕方がない。


 彼女の記憶が戻れば、本人の記憶から現在の状態になった理由も分かる可能性があるのだが。


「とりあえず、魂だけでも見つかって良かったな」


 そう話を締めると、アイーダとゼタは複雑そうな顔でうなずいた。

「俺は着替えて少し外に出るけど、そっちはどうする?」


 仲間とはいえ、クスィーは記憶を失っていて面識がないのと同じだ。

 三人で残されても困るか、と思ったが。


「クスィー様には、少し事情を説明したい。もちろん、ご本人がそれを了承するのなら、だが……」


 気遣うように言うアイーダに、クスィーは戸惑いながらもうなずいた。


「それはもちろん……私自身も知りたいと思っていることですから」

「そこら辺はお前さんらに任せるが」


 イストは二人にそう告げながら、騒動を聞きつけて降りてきていたミロクに目配せする。

 

 すると、聡いシュラビットはぴょこん、と椅子から跳ねて、刀の柄に手をかけながらこちらが外に出るのについてきた。


「……彼女らの出入りだけ見張っといてくれ」

「ほう。信用しておらんのか?」


 抑えた声音に対しておかしげに応えるミロクに、イストは首を横に振る。


「あの子らが悪い連中だとは思ってねーよ。俺の鼻は確かだ」


 イストは、ピッと自分の鼻を擦った。

 ほぼこれ一本で魔王軍をのし上がって来たのである。


「が、悪意がなく才覚に溢れている相手が、俺を信用しているとは限らねーからな」


 彼女らはあくまでもクスィーの、おそらくは従者だ。

 であれば、身の安全が確保できないと思えば勝手に連れ出す危険性があった。


 迷子を拾っただけとはいえ、一応イストはクスィーに対して責任を感じている。


「危険を遠ざけるために、クスィーの意思に沿わない行動をする可能性は十分にあるだろ?」

「慧眼だの。長く生きているだけはある」

「……あんまデカい声でそれ言うなよ」


 イストが実力では全然敵わないミロクに、眉をハの字に曲げてみせると、彼女はカラカラと笑った。


「奴らは、話をこちらに聞かせたがらんと思うが。部屋に入られたら見張ることは出来んぞ」

「その長い耳はよく聞こえるだろ?」


 イストは軽く、自分の耳を引っ張ってみせた。


 実際に音を聞き分ける能力というよりも、ミロクが修行で鍛え上げた気配を察する能力を活かせば、彼女らが宿を出て行くかどうかくらいは余裕で分かるはずだ。


「こっそり外に出なけりゃいい。村の外に行く時に声をかけてくれりゃーな」

「聞き入れなかったら?」

 

 ミロクが好戦的なものに笑みの種類を変えるのを見て、イストは軽く首に手を当てながら軽く息を吐く。


 そして目を細めると、小さく告げた。


「殺さなきゃ痛めつけてもいい。最悪、クスィーだけ確保してくれ」

彼奴(きゃつ)らを信用していないのはお主のほうじゃの。……うむ、夕食をたらふく食わせてくれるので手を打とう」

「助かるよ」

「で、お主はどこへ行くのじゃ?」


 ごまかせるかと思ったが、ミロクはきっちり尋ねて来た。


「仲間に連絡を入れるんだよ。ラフレシアンの件は、色々起こってる問題と合わせてどうもきな臭い気がする。兵を貰えるなら退治して貰おうかと思ってな」

「ほほう。魔軍の精鋭か……襲ってみるのも面白そうじゃの」


 どこまでも戦うことと飯にしか興味がないらしいミロクに、イストはコキリと首を鳴らして背を向けながら応えた。


「やめといたほうが良いとは思うけどな。俺の仲間は強ぇから」

「どこまでもそうした物言いが好きじゃな。素直に言うたらいいものを」

「あん?」


 言葉の意図が読めずに振り向くと、彼女はまるで射るような視線をこちらに向けていた。


「お主、何か切り札を隠し持っておるじゃろう? お主ほど底が知れん相手は、我の生の内でもほんの数度しか見たことがない」


 何を言い出すのだろう、と思いながら黙っていると、ミロクはトントン、と刀の柄を叩いた。




「我が今一番試合いたいのは、お主よ。ーーー我の目を欺けると思うなよ?」




 そうして、ニィ、と嗤うミロクに……イストは、ヘラリと笑い返してみせた。


「お前さんの目が節穴じゃないかと、不安になってきたかな。ゼタに襲われた時の情けない様子を、ちゃんと見てたはずなのになー?」


 言いながら、イストは早足でその場を後にする。

 そして、追いかけて来ていた彼女の視線を感じなくなったところで、ふぅ、と息を吐いた。


 ーーー現状、他に頼る相手もいねーけど、ミロクが一番おっかねぇわ。


 その嗅覚に敬意を表しつつ、イストは背筋に浮かぶ冷や汗をパタパタと服の布をはたいて乾かし、ドライに連絡を入れることにした。

 

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