スカウトマンは、新月草を摘む。
山頂へ向けて歩き出したイストは、アイーダの言葉に耳を傾けていた。
「先日、我々の仲間の一人が行方知れずになってしまってな……」
木の根が張り出して段差のようになっているところを越えながら、彼女は思い詰めたような顔でそう告げた。
「いなくなったのはどこなんだ?」
「この山の中だ」
聞くところによると、彼女たちは『鉱山都市メリカンド』の方向から旅をしてきたらしい。
イストが来た方向とは真逆にある、かつて、故郷を滅ぼした領主を更迭した街だ。
ゴブリンたちが近くに住んでいる『港町タイリョー』から見ると、東にある。
「襲ってきた植物型の魔獣に、気を取られていた。なんとかゼタと二人で魔獣を倒した時には、仲間の姿が見えなくなっていたんだ」
「げ。もしかしてそれって」
「ああ。ラフレシアンだ」
「……こんな街の近くで繁殖してるとしたら、めちゃくちゃ厄介だぞ……」
山ごと焼き払う気がなければ、魔道士を複数連れてきて山中を駆除して回る必要がある。
強さはさほどでもないが、単体で縄張りが狭いレッドブルンより迷惑をかける範囲が広いのだ。
「お前さんの仲間は、消えたって言ってもラフレシアンに喰われたとかじゃないんだろ? 直前まで一緒にいたんだろうし、別の個体がいれば気づくもんな」
「ああ。だから血眼になって周りを探したが、結局姿は見当たらなかった」
近くの藪から少し離れた崖下まで、考えうる限りの場所を数日かけて探したという。
ーーー神隠しにでもあったか?
人が山から消える時の多くは、人攫い……魔族人族を問わない盗賊に拉致されるか、あるいは魔獣に殺される、もしくは遭難である可能性が高い。
が、説明出来ないような理由で消える者たちも、少数だが決していないわけではない。
「で、盗賊の噂を聞いて、この辺りに来たらゴブリンたちが居たってことか」
「……そうだ」
アイーダは、そこで少し複雑そうな顔をして言い淀んだ。
理由は分からないではないが、イストはあえて気づかなかったフリをする。
ーーー姫、って言ってたよな、確か。
それが愛称などでなければ、貴族や王の子に対して使う尊称である。
つまり彼女たちが失ったのは、ただの仲間ではなく、おそらく仕えていた相手なのだ。
ーーーそら焦りもするわな。
そんな風に思いつつも、イストは頭の別の部分でふと知っている情報に違和感を覚えた。
ーーーでも、よく考えたらレッドブルンが山向こうにある巣からそんなところに行ってたのも変な話だな。
レッドブルンの奇行にもラフレシアンが関係しているのだとしたら、あの植物型の魔物が一連の件の発端である可能性は十分にある。
あれが厄介なのは、動きのノロい本体そのものではなく、巻き散らす花粉なのだ。
アイーダたちの仲間も、花粉を吸い込んで混乱し、自分からどこかへ行ったのだとしてもおかしくはない。
だからこそ、彼女たちも少し離れたところまで探しに行ったのだろう。
イストは少し急な坂を登り終え、額の汗を掌で拭う。
「朝から動きづめでさすがに疲れてきた……」
「軟弱だのう」
「俺はわりと貧弱な人間なんだよ」
ミロクの軽口に冗談で軽く睨みを利かせてから、空を見上げる。
月も、いつのまにか中天を過ぎて少しずつ大地に近づき始めていた。
そこで、イストは本来の用事を思い出す。
「おっと、忘れるとこだった。少し道を外れるぜ」
そう告げて、イストは新月草がそこにある、と薬屋の少女スティが告げた場所に向かった。
群生地の位置は記憶していた場所とほぼ同じだったので、すぐに見つかるだろう。
少し高い段差を登るのに弓が邪魔そうなアイーダに手を貸すと、彼女は素直に手を取った。
「あ、うちもお願いできる?」
「おう」
それまで黙っていた双子の妹、ゼタも手を出してきたので、イストは両手で彼女たちをそれぞれ掴んで引き上げた。
間近で見ると、彼女たちの服の膝は地面を這ったように少し擦り切れ、袖や爪には、洗っても落ちない草の汁や土の色がこびりついている。
汗や土の臭いがキツくないところをみると、全く水浴びなどをしていないということはないだろうが、下手をすると、ほとんど人里に降りずに探し回っていたのではないだろうか。
ーーー疲労してたから、俺も避けれたのかもな。
ゼタが背後から仕掛けてきた時の香りが薄かったのも、そうした事情があるのかもしれない。
となると、本来の実力はもっと上なのではないだろうか。
ーーーよく考えたら、弓と槍でラフレシアンを始末できるって結構すごいしな。
Cランクだとさほど強くなさそうな印象を覚えはするだろうが、魔道士が火や氷、風の魔法に熟達し始めれば難敵ではない、というだけなのだ。
崖に沿うように生えた巨木の元にたどり着いたイストは、目的のものを見つけた。
「あったあった」
大きく枝を張り出した巨木は年老いて幹がボロボロだが、それでもまだ青々と葉を茂らせている。
その根本から枝の下に、こんもりと生えている群草があった。
黒い花に青みがかった縁取りを持つその草が、新月草なのである。
とりあえず腰袋いっぱいに摘むと、ミロクが言った。
「イストよ。ゴブリンたちの村に赴くのは明日にせぬか?」
「何でだ?」
「腹が減った。ゴブリンどもの村には幾度か泊まったが、連中は火を使わんから飯がマズイ」
「……おい」
相変わらずマイペースなミロクに思わず半眼になると、彼女はくつくつと喉を鳴らして手を軽く振った。
「冗談だ。だが、村には帰るべきだと思わんか? 店主の薬も作る時間があろうし、今からゴブリンどもの村についても夜明け」
それに、とミロクは全員の顔を見回した。
「我以外は皆疲れておるようじゃ。イノシシの様子を見るにしても。空腹と疲労で、良い案も浮かばん」
「……そうだな」
話の成り行きから、レッドブルンを巣に案内することになったが、……獣の巣は、すでにイストとミロクが壊滅させてしまっている。
盲目の獣が世話するモノもなく一匹で巣に帰ったところで、そのまま飢え死ぬだけだろう。
「……参ったな」
ミロクの言いたいことを察したところで、確かに妙案は浮かばない。
イストは後頭部を掻いて、ため息を吐いた。
「一度、仕切り直すか」
全員がそれに了承したので、また明日の夜にここで落ち合うことにして、イストは双子とミロクを連れて村に戻った。




