スカウトマンは、ゴブリンの話を聞く。
『村にレッドブルンがいる……?』
ゴブリンたちの説明に、イストは困惑した。
とりあえず、身代わりにして朝まで目覚めないことが確定しているゴブリンを無事に回収した後。
とりあえず勇者の墓がある村跡で焚き火をしながら車座になったイストたちは、それぞれの事情を聞いていた。
最初はゴブリンからだったのだが、どうやらこのゴブリンたちの村はもう一つ向こうの山……『神聖都市ナムアミ』の領土にある『港町タイリョー』の近くに住んでいるらしい。
元々住んでいて、最近は特に人族側とも接触することなく平和に過ごしていたらしいのだが、村の近くに厄介な魔獣が現れたらしい。
【腐臭花】と呼ばれる、食肉植物だったそうだ。
様々な花粉によって麻痺や混乱、恍惚を引き起こして獲物を捕食する存在であり、倒そうにも対抗魔法を使えない者は近づくことも出来ないCランクの魔獣である。
火に極端に弱いため、周りごと焼き払えば倒すのにさほど苦労はないのだが、現れた場所が村の隅でそれもままならかったところに……レッドブルンが現れたのだという。
『ゲゲ……イノシシ、タスケテクレタ。デモ、コナヲアビテ、メ、ミエナクナッタ』
『デモ、ス、カエロウトシタ』
『オン、アル。オレタチ、トメタ』
ーーー花粉を浴びて目が見えなくなった。
それでも巣に帰ろうとしたレッドブルンを、ゴブリンたちは引き留めたもののどうしていいか分からなくなっていたところに、フードを被った人間が現れたという。
「そいつが俺を探せと言ったのか……」
ゴブリンたちの話を聞いて、イストは新たな疑問が湧いてしまった。
どういう経緯か不明だが、なぜかイストの名前を知っている者。
何故かゴブリンに探せと言ったこと。
『奴なら巣を探せる』という言葉を聞いて、ゴブリンたちはレッドブルンの代わりに動くことを決めたらしい。
ゴブリンたちがそれを聞いたのは、ちょっと前、という不明瞭な言い方だったが多分二週間前くらいだろう。
盗賊が出るようになったのはそのくらいの時期だった、と聞いていたからだ。
ーーー何が目的だ? そしてなぜ知っている?
イストがここに来ることになったのは、つい一昨日のことである。
来ることを予見していたとなると、候補に上がるのは墓参りのことを知っている誰かだろう。
魔王軍は、魔王か、あるいは四天王辺りは知っていてもおかしくはない。
ハジメテの村では多分タウだけだが、彼も彼でそんな遠出が出来るような足ではない。
ーーー台座を掃除した奴か?
正体の見えない相手に行動を把握されている可能性に、イストは思わず渋面になった。
「どうした? 何か問題でもあったのか?」
会話の内容が分からない弓使いがこちらの表情を見て問いかけてくるのに、イストは彼女に目を向けて事情を通訳した。
弓使いと重戦士は、双子だった。
どちらも女性であり、弓使いはアイーダ、重戦士はゼタという名前らしい。
カブトを脱いだゼタは、ミロクに踏みつけられた後頭部を盛んにさすりながら、たまに頭を横に振っていた。
頭を揺らされたのが尾を引いているのだろう。
村に戻っても痛そうならクスィーに治癒魔法をかけてもらおうと思いつつ、イストが話終えると。
意外なことに、アイーダは気の強そうな顔に少し反省したような表情を浮かべて、ゴブリンたちを見た。
「そうか、恩のある相手のために……それは、非常にすまないことをしたな」
早とちりだった、と謝罪する彼女に、イストは好感を覚えた。
すると横で、ゼタを気にしていたミロクが問いかける。
「そこの槍の嬢。あまり痛むようなら塗り薬はあるぞ」
「ああ、気にしないで。ただのタンコブだし、頭揺らされたのはしばらく座ってれば治ると思うから」
ーーーなんだ、悪い奴らじゃねーな。
特にすれ違いなどがなければ、話は通じるし相手のことをおもんばかる普通の気持ちを持った連中のようだ。
「何をにやけている?」
アイーダの問いかけに、イストは片目を閉じた。
「いや、悪い。少し嬉しくてな」
「?」
イストは平和が好きなのだ。
争わずに済むならそれにこしたことはないし、こういう連中なら気持ちよく手助けが出来る。
ーーーハズレかと思ったが、前言撤回だな、こりゃ。
会う奴会う奴、いい奴ばかりでむしろ望んでいた状況に近いとも考えられる。
「お前さんたち、いい香りがするしな」
「な!?」
イストが何気なく発言すると、アイーダは目を見張った後、みるみるうちに真っ赤に染まると腰の剣を引き抜いた。
「き、貴様っ! 初対面の婦女子の香りを嗅いで悦に浸る変態だったのか!」
「いやちげーよ!?」
思わず顔を引きつらせたイストに、アイーダが斬りかかってくる。
「変態! その性根叩き直してくれるわ!」
「いや誤解だって! おいミロク!」
逃げるイストを笑いをこらえながら見る彼女に助けを求めるが。
結局理由を説明して仲裁してくれたのは少し後で、彼女たちの話は歩きながら聞くハメになった。