スカウトマンは、不意打ちする。
『ゲゲ!?』
ゴブリンたちが一斉に手にした粗末な棍棒を構える間に、イストは邪銃を外套の下に隠した。
声がした方向に目をやると、そこに立っていたのは一人の女性である。
弓に胸当て、腰に片手剣を下げた典型的な狩人の格好をしていた。
美人だが気のキツそうな容姿をしており、すでに矢を番えた武器をゴブリンに向けている。
ーーーなんか妙な塩梅になったな……。
チリ、と微かな焦臭さを覚える状況に、警戒心を強めつつイストは背後にも意識を向ける。
ゴブリンたちは気づいていないようだが、そちらにも人の気配を感じたのだ。
ーーー挟み撃ち、か。
さすがに振り向くわけにはいかない。
おそらくは囮である弓使いから意識が逸らしたことに相手が気づけば、即座に襲いかかってくるだろう。
ーーーミロク、助けてくれっかな?
多分この状況に気付いているだろう彼女の加勢を期待したいところだが、背後の人間が不意打ちしてきた場合の第一撃は自力で避けなければならないだろう。
危険の臭いを感じるということは、もし妙なことをすれば彼女は本気で矢を射るだろう。
「動けば射る。貴様ら、何の目的でこの辺りをうろついていた?」
外見通りの強い口調で問われたゴブリンたちは、焦ったように目を見交わした。
『ドウスル? ドウスル?』
『ナニイッテル!?』
『コウゲキサレル!? ニゲル!?』
完全に慌てたゴブリンたちの声に、弓使いはギュッと眉根を寄せた。
「何を分からん言葉で喋っているのだ!」
ーーーいや、ゴブリン語分からねーのに話しかけたのかよ!?
イストは思わず、内心でツッコんだ。
見たところ、ゴブリンの方も彼女の言葉を理解していないようだ。
どう考えてもこの状況はマズイ。
「答える気がないのなら、盗賊と見なして成敗するぞ!」
ーーーああ、もう!
またややこしいことになってきた。
ーーー今回の辺境査察、どう考えてもハズレだわ!
のんびりするどころか、次から次へと厄介ごとが舞い込んでくる。
『ヒトリダケナラ……ヤッツケテニゲル?』
『デモコッチ、コレナクナッタラコマル、マジュー』
『〝イスト〟モ、サガセナクナル』
ーーーん?
今、自分の名前をつぶやかれたような気がして意識をゴブリンたちに向けるが……。
ゴブリンの一部が戦意を向けたのを敏感に感じ取ったのか、弓使いが弦を引き絞る。
「やはりあの男の言った通り……姫を拐ったのは貴様らか! 許さん!」
ーーーしゃーねぇ。
イストは腹を決めて、《変装》を解いた。
「ちょっと待て、お前ら」
「『!?!?』」
イストが正体を現して言葉を発すると、狙い通り驚いたらしい弓使いとゴブリンたちが硬直する。
その隙に、イストは全員に向けて邪銃を連射した。
ゴブリン5匹、弓使い1人で弾数はギリギリだが、なんとか命中させる。
『ゲ……』
「が……!?」
麻痺弾や睡眠弾は相手に傷をつける類いの弾丸ではなく、単に魔法効果を与えるだけのものである。
と同時に、背後で一気に膨れ上がった気配から、極端な焦げ臭さと甘い何かの香りが漂ってきた。
ーーー後ろの奴は手練れ!
だが、香りの強さで言えばミロクの方が上だ。
「ミロク!」
イストは声を張り上げながら、前に向かって頭を下げながら踏み出した。
後頭部をチリッと何かがかすめ、頭に巻いたターバンが軽く裂けるのが分かる。
上目遣いで見たのは、月光に照り返る槍の穂先。
ーーーあっぶねぇ!!
背筋が冷えるのを感じながら、イストは短剣を引き抜きつつわざと肩から転がって方向を変え、起き上がる。
すると、槍を突き出した姿勢の誰かの背後に、ポーンと高く小柄な影が飛び上がっているのが見えた。
「寝とれ」
ミロクが、槍使いの後頭部を鞘ごと引き抜いた刀で打ち据えると、カブトとぶつかるカァン! という高い音が響き渡る。
「……!?」
相手は、たったそれだけでガクリと膝を落とし、手から槍が離れた。
どんな技が知らないが、頭を揺らして相手を無力化したらしい。
カラカラと転がってきた槍を手にしてイストが立ち上がると、相手の後頭部にそのまま乗っかったミロクが肩に刀身を担ぐ。
「少し肝が冷えたか?」
「ああ、助かったよ」
ニヤニヤとからかうように問いかけてくるミロクに、ホッと息を吐きながら応じたイストは周りを見回した。
「き……さま……ら」
バチバチと麻痺の電撃を体に纏った弓使いが睨みつけてくるのに、イストはヘラリと笑みを浮かべてみせる。
「そう怖い顔すんなよ。あのままだったら俺ごと殺られてただろ? 自己防衛自己防衛」
「ふ……ざけ……」
「いや真剣だよ。見たとこお前さん、ゴブリン語分かんねーんだろ? そりゃ受け答え出来ねーって」
槍を地面に刺して短剣を仕舞ったイストは、軽く両手を上げながら言い足す。
「少し話そうぜ。お前さんもゴブリンたちも、殺す気はない。ゴブリンの話も通訳してやるから、こっちの話も聞けよ」
麻痺弾の効果は、せいぜい数分で消える。
戦場なら逃げるも倒すも致命的な隙だが、今の間になんとか弓使いの戦意を納めさせないといけなかった。
「このゴブリンたちは盗賊じゃねぇ。何かを探してるんだよ。こいつらにも話をするから、少し待て」
そう言い置いて、イストは今度は怯え切ったゴブリンたちにゴブリン語で話しかける。
『お前さんたちの仲間は、向こうの草陰で寝てる。こいつらも俺も、少しお前さんたちの話を聞きたい。ついでに、俺らの話も聞いてくれ」
『ゲ……コロ……サナ……』
『殺さねーよ。何か事情があんだろ?』
イストは、彼らをなだめるように手を上げた。
『お前さんら、レッドブルンの巣穴と、イストって奴を探してるんだろ?』
『ソ……ソウ』
痺れながらもなんとかうなずくゴブリンに対して、胸に手を当てて名乗った。
「ーーー俺の名前は、イスト。イスト・ヌールだ」