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スカウトマンは、邪険にされる。


 そして、数十年が流れた。


 発足した魔王政府は、月日の流れとともにますます文武両面の力をつけて、今、世の中は平穏そのもの。


 そんな中、イストは魔王の力で若さを保ったまま、相変わらず四天王の椅子に座り続けており。


 今、執務机に積み上げられた、大量の書類と格闘していた。


「……ん〜」

「イスト」


 いつまでも慣れない仕事をガリガリと頭を掻きながら処理していると、すぐ近くに座っていた自分の上司に声を掛けられた。


 魔王政府総務次官を務める、同じ四天王の女吸血鬼、ドライだ。


 彼女は一枚の書類を差し出して、イストにこう言った。


「ちょっと忙しくなるから、今あなたにいられると邪魔。外行ってて」

「相変わらず直球だなオイ!?」


 イストは、平時においては基本的に無能である。

 軍の編成を離れると、鼻が利く以外の取り柄が、戦闘だけでなく事務においても皆無だったからだ。


 その自覚ももちろんあった。


「早く受け取って」


 魔王軍の制服をきちんと身につけたドライが、縁なしメガネの向こうから無表情にこちらを見る。


 彼女に、悪意があるわけではないことは分かっていた。

 事務官として最高の地位まで出世しても、直接的な物言いと無関心に見える態度が直らなかっただけだ。


「これ、何の任務だよ?」

「辺境査察。一ヶ月出向」


 相変わらずミントの香る書類を受け取って内容を読むと、特に問題もない地方への、何の実績にもならないハズレ任務である。

 だが、出向先がどこかを確認したイストは、文句を言わずに立ち上がった。


「……じゃ、外回り行ってくるわ」

「よろしく」

 

 ドライはそっけなくうなずいただけで、机の上に目を戻したが。

 そこで自分の副官についている猫獣人の少女、ノインが口を挟んできた。


「あー! 総務次官、イストさんを外に出したらダメです!!」

「何でだよ?」


 まったく反応しないドライの代わりにイストが問いかけると、若草の香りを漂わせる彼女は、ビシッとこちらを指差してきた。


「どうせまた(・・)報告書類だけ送って、半年くらい帰ってこないつもりでしょう!?」

「いやいや、今回はちゃんと帰ってくるって」

「そう言って何回騙されたと思ってるんですか! 信じないに決まってるでしょ!? イストさんはサボってる時間のほうが長いんですよ!!」

「サボりじゃねーよ。コレはたった今ドライから与えられた仕事だっつーの」


 むしろ『邪魔だからいなくなれ』とまで言われて命じられたものである。


「見ろよ、ほら」


 彼女に向けてピラピラと辺境査察の書類を振って見せるが、イスト自身が拾ってきた自分より遥かに有能な少女は納得しなかった。


 むしろこちらの態度が気に入らなかったのか、ますます目尻を吊り上げる。


「〝期限を守って〟帰って来るまでが仕事です!! そこから先はサボりです!!」

「……いや、それは暴論じゃねーかな?」

「どこがですか! 総務次官もいっつもイストさんを邪魔にして! つい半月前に帰ってきたばっかりなのに!!」

「いいじゃない別に。それにその手の任務には、止めたって行くわよ。そいつは」


 顔も上げないままドライが言うが、図星である。


 邪魔もなく大した手間もなく、ただ辺境をブラブラする……それはイストにとって、最高の任務なのだ。


 だがなぜか、ノインは納得しない。


「ダメったらダメです! 行ったらダメです!! イストさんは、もうちょっと四天王の自覚を持って下さい!!」

「自覚を持てと言われてもな……」


 四天王というのは、実は俗称であって正式な役職ではない。

 今のイストは、ただの総務部の『何でも屋』である。


「そもそもノイン。お前みたいな小うるさい…… もとい真面目なのを副官にしてるのは、俺より仕事が出来るからだぞ?」

「そ、そう言われると嬉しいですけど! そういう問題じゃないしイストさんの方が仕事出来ます! 真面目にやれば!」

「真面目にやった上でいない方がいい、っていう話なんだが……」


 『イストがいるほうが、魔王軍総務部の作業効率が落ちる』というのは、明白に数字として示された事実だ。


 逆にノインのほうは、確実にこの仕事に向いている。

 そもそも現状は彼女から上がってきた書類に判を押すだけに近く、それがムダに繋がっているのだ。


「いないほうが良いんだから、いないに限るんだよ。だから俺が出て行くことを喜べ。な?」


 イストはいつも通りに、ポン、と彼女の頭に手を置いて撫でてやった。

 無能な上司がイスにふんぞり返っていても、誰にも何の得にもならないのである。


 ノインは一瞬嬉しそうに口もとを緩めたが、すぐにハッとしてこちらの手を払い、口を閉ざさなかった。


「わ、私はイストさんと一緒にいた……じゃなくて! そ、それはサボっていい理由にはなりません!!」

「そうか……だがノイン。俺はこの任務に行きたいし、お前を利用したいんだがな」

「り、利用ですか?」

「そうだ」


 イストは胸に手を当て、ジッとノインの目を見ながら軽口を叩く。


「俺は労力を最小のまま功績を自分のものにしたいし、できるだけ責任は取りたくない。だから外に出てお前に仕事を押し付けている」

「いきなり小物っぷりが溢れる発言はやめてください!」

「さらに楽をするには、有能な部下をもっと捕まえてきて、手柄を横取りするのが最上だ」

「圧倒的クズ感……ッ!」

「その為には、外で使える奴を探すのが第一歩。つまり俺が最優先でやるべき仕事ってことだ」

「そんなわけないでしょうがァアアアアアッッ!!」


 ーーー諦めの悪い奴だ。


 イストは良い反応をしてくれる彼女に対して肩をすくめつつ、壁にかけた外套や装備を手に取った。


「そうやって他人に、自分の期待通りに振る舞うことを求めるからイライラするんだ」


 他の奴に期待はしない。

 ただ適材適所に振り分ける。


 それが人材活用の基本である。


 利用するために、あるいは利用される(・・・)ために、お互いにきちんと相手の力量を見極めるのが大切なのだ。

 

 有能な連中のためにイストが出来ることなど、鼻を活かして他の有能な奴を見つけてくることくらいしかない。


 これはそういう理屈なのだ。うん。


 そう考えながら身支度を整えるイストに、ノインが耳を逆立て牙を覗かせて歯ぎしりする。


「もう、イストさんはスカウトマンじゃないんですよ!? 仮にも四天王なんですよ!?」

「スカウトマンは良いな。なんせ〝鼻が利く〟のが一番の取り柄だ」


 はっはっは、と笑ってみせてから、それ以上小言を言われる前にドアに向かって歩き出した。


 実際、そのくらいの立場でいいのである。

 もう目的は果たして、世の中は平和になった。


 なのに未だにイストが、ご大層にも四天王とか呼ばれていることの方が間違っているのだ。


「んじゃ、半年くらい出かけてくるわ。後よろしく」

「やっぱり!? 結局ただのサボりじゃないですかあああああああああ!!!」

「シゴトシゴト。辺境査察でーす」


 イストが言いながら執務室を出ると、後ろからノインとドライの話し声が追ってきた。


「あんの四天王最弱! 本当にもう!」

「ほっときなさい。あの男は口だけはペラペラとよく動くけど、部下の手柄を横取りなんかしないし、外にいる時が一番仕事してるんだから」


 さすがに古い付き合いなだけある、とイストはその言葉に深く内心でうなずいた。


 ドライは、自分の利用の仕方をよく心得ているのだ。


 手が足りてないというのなら、次は事務で使えそうな良い香りのヤツを勧誘して来るのも良い。


「サボるついでにやる仕事も決まったな……よし、行くか!」


 ーーー〝四天王最弱の男〟イスト・ヌール。


 その名前は英雄そのものではなく、英雄を見つけてくる役立たずの代名詞くらいで、ちょうど良いのだ。

 

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