スカウトマンは、ゴブリンに出会う。
ーーー小人族だな。
現れた人影を見て、イストは小さくうなずいた。
相手を覗き見ているのは背の低い木が繁らせた葉の隙間からであり、相手は葉ずれの音すらさせないよう息を潜めているこちらには気づいていない。
緑色の肌と尖った耳、全ての歯が犬歯のように鋭く、鼻が長い……といった差異はあるものの、基本的には人間の子どもに近い容姿をした魔族である。
独自言語を使うため、人の言葉を話すと訛って意思の疎通がしづらい面もあるが……知性に関しては人間とさほど変わりはない。
また力が非常に強く、体もそれなりに頑丈だ。
訓練した冒険者であれば倒すのも苦ではないが、普通の村人が敵対した場合は、数が少なくとも危険が大きい相手である。
ーーー昔、訓練して小隊戦術覚えさせたらビビるくらい強くなったしな……。
ゴブリンは子だくさんで、しかも人より少し短命な分、成長が早い。
あまり栄養や衛生面を気にしないため、赤子の頃の死亡率も高いのだが。
一つの部族に火と湯、そして武器の使い方を覚えさせたらちょっと恐ろしいくらいの勢いで増えたあげくに、めちゃくちゃ屈強な兵になったのだ。
もっとも、子だくさんなのは死亡率も理由だったようで、三世代程度で増えかたは落ち着いたのだが。
ーーーあん時はどーしよーかと思ったよな。
そんなことを考えながらチラリとミロクに目を向けると、彼女もこちらを見ていた。
始末自体は、任せればおそらく簡単にしてくれるだろう。
もしかしたら、この辺りに出るという盗賊は彼らのことかもしれない。
しかし、イストは『少し待て』とミロクに首を横に振って見せた。
彼らが目の前を通りすぎるのを待って、一つのスキルを使う。
「ーーー《変装》」
最後尾に見えた一人のゴブリンそっくりに容姿を変えた。
《潜伏》の派生スキルであり、効力としては単に相手に姿を錯覚させるだけである。
チェンジした相手がゴブリンなので背も低く見えているだろうが実際の大きさは変わらない。
当然ながら体臭も変わらないので、イストは十分にゴブリンと距離が離れてからそっと腰に手をやり、【七ツ導具】の中から小瓶が綺麗に並んだケースを取り出した。
「……それは?」
「香水だよ」
息を漏らす程度の小声で語りかけてくるミロクに、イストは片目を閉じて答える。
それは、各種族の体臭に自分の匂いを似せるための【種族香】だった。
その一つからゴブリンのものを取り出すと、数滴手のひらに落として首と手首にすりこむ。
「……お主、器用だのう」
「斥候だからな」
スン、と鼻を鳴らして、感心したように目を丸くした彼女に答えて、イストは片目を閉じた。
香水をしまい、代わりに邪銃を取り出しながら、言葉を重ねる。
「俺はこいつを使って連中に紛れ込むから、バレないように後からついてきてくれ」
イストは、そのまま忍び足で繁みを抜け出した。
こっそりとゴブリンたちの跡をつけながら縄を用意し、全員の視線が狙った一人から逸れたタイミングで……。
「ーーー!?」
口をふさぎ、邪銃を押し付けて引き金を絞りながら、横の繁みに飛び込んだ。
ガサガサ! と音が立ったところで、一斉にゴブリンたちが騒ぎ出す。
『ナンダ!? ドウシタ!?』
「コケタ」
ゴブリン語でモゴモゴと答えながら立ち上がったイストは、頭を繁みから出しながら答える。
繁みのゴブリンは気絶していた。
イストが撃ち込んだのは、強烈な『眠りの魔法』を込めた魔導弾だったのだ。
明日の朝まで目覚めないだろう。
『キヲツケロ』
呆れたように言われたので片手を軽く上げて、イストは先ほどまで観察していたゴブリンの動きを真似る。
何かを探しているようだが、誰かを襲おうとしているわけではないようだ。
『アノ、マジューノニオイ、スルカ?』
『シナイ。ス、ナイカモ』
『ゲゲ。ココカラサキニナルト、ニンゲンノミチダゾ』
『コワイナ……』
ーーーあの魔獣の臭い?
イストは会話を聞いて、臭いに集中した。
普通の臭いの嗅ぎ分けは才能や危険なもののそれに比べれば得意ではないが。
ーーーレッドブルン。
ゴブリンたちの体臭に混じる微かな残り香は、ブルンドックーやあの巣穴と同じ臭いのように思えた。
ーーーなるほどな。
どういう事情か知らないが、どうやらこのゴブリンたちはレッドブルンの巣穴を探しているのだろう。
もしかしたら、誰かがこのゴブリンたちが夜に徘徊するのを目撃して盗賊と勘違いしたのかもしれない。
ーーー事情を聞きたいが、人間を怖がってるってなると……。
真正面から正体を明かすと逃げられるか、あるいはパニックになって襲いかかってくるかも知れない。
ーーー仕方ない、か。
少し手荒いが、こいつらにも少し抵抗する力を失ってもらってから、話をしよう。
そう決めたイストは、こっそりと邪銃の弾を睡眠弾から麻痺弾に入れ換える。
ーーー悪ィ。
そして心の中で謝りながら、ゴブリンたちを無力化しようとした、ところで。
「そこのゴブリンども! 止まれ!」
凛とした声が、辺りに響き渡った。