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スカウトマンは、危険の臭いを嗅ぐ。


「お主も酔狂な男よな」


 ミロクは、陽の落ちかけた道を足音もなく歩きながら、面白がっているような口調でそう言った。

 近づいてきた羽虫を片手で払いつつ、イストは顔をしかめて答える。


「困ってるっつーんだから仕方ねーだろ」

「ま、店主のためだと言われれば、一泊の恩を返すのはやぶさかではないがの」


 特に迷惑そうな顔もせずにミロクは言い、刀の柄をトントンと叩く。


 手数料を出すのを、タウは特に渋らなかった。

 むしろ助かると金額を上乗せしてくれたくらいである。


 クスィーも来たがったが、さすがに山での過ごし方を知らなさそうな彼女を連れて行くわけにはいかなかった。


「ま、お主と話したかったこともあるし、二人での夜散歩も悪くはない」

「魔獣がいるかもしれねー山に出かけるのが、散歩扱いかよ……」


 まぁ、レッドブルンを待ち伏せて食おうとしていた彼女なので、その程度の認識でいいのかもしれないが。


「聞きたいことってのは何だ?」

「大したことではないがの。聞きたいのはイスト、お主の出自に関する話よ」


 ミロクはニヤリと笑い、赤い瞳をこちらに向ける。




「ーーーお主からは、魔族がかけた〝呪い〟の気配を感じるでの」




 突然そう告げられたイストは、思わず足を止めてミロクの顔を見つめた。


「そう怖ぇ顔すんなよ。別にだからどうしようって気持ちはない。ただ、理由を知りたかっただけさ」


 笑みを深くしてそう重ねる彼女に、イストは小さく首を横に振った。


「いや、悪い。少し驚いただけだ。……分かるもんなんだな、そんなこと」

「お主とそう変わりはせんよ。鼻が利くと言っていただろう?」

「ああ」

「剣を極めるうちに、同じような感覚が育ったってだけの話だ。臆病になり、ちょっとした違和感に敏感になる」


 ミロクが臆病、というのは悪い冗談にしか聞こえないが、言いたいことは分からないでもない。


 危機に敏感になることは、臆病であることとさほど変わりないのだ。

 心持ちの違いだけである。


「どんな呪いを受けてるのか知らないが、命を握られてるにしちゃお主は呑気にも思える。その辺が〝掴めない〟印象の理由かと思った」

「別に体に害がある類いの呪いじゃないからだよ。むしろ、死なせないためのものだ」


 イストにかけられた『不老の呪い』は、その名の通り本来であれば人に対する呪いだった。


 老いない、と言われれば多くの者は羨ましがるだろう。

 だがその本質は『周りの者たちが老いていなくなるのを、自分だけはそのままで眺める』というものだ。


 嫉妬や羨望、ねたみやそねみ、そうした感情から周りとの関係性はギクシャクし、やがていたたまれなくなって自ら関係性を断つか、排除される。


「普通なら苦痛だが、俺の仲間は……魔族だからな」


 話すべきか話さない方がいいか、少し悩んでからイストはそれだけを口にして歩き出す。

 ミロクは小さく喉を鳴らす笑い声を立てながら、ついてきた。


「なるほど、どこかで聞き覚えがある名前だと思ったら、お主〝四天王最弱〟か。道理で、我への対応が自然なわけだ」

「……なんでそんなことまで分かるんだよ……」


 ズバズバと見抜かれて、イストは思わず呻いた。


「姿形は知らずとも、名は有名だろう。むしろなぜバレないと思った?」

「俺の名前自体はありふれてるだろ。その証拠に、人間にはバレてないしな」


 大体、四天王最弱がイストという名の人間であることは知っていても、今もって若い外見をしている、などと思う者は少ない。


 魔王が世界を征服してから、もう数十年経っているのだ。


「不老の呪いにかかっていると言ったのがお主自身だろう。なぜ人に混じって生活している?」

「趣味だよ、趣味。それにそろそろ忙しくなるからって魔王城追い出された」

「威厳のかけらもない理由だな」


 と、ミロクがおかしげに肩を震わせたところで、ピタリと二人して足を止める。


 ヒュゥ、と吹き抜けた風に混ざって、微かな焦げ臭さと獣くささが吹き抜けたのだ。


「臭いな……」

「この先に何かおるな。どうする?」


 どうやら、危険にドンピシャでぶち当たったらしい。

 イストは声を潜めて、ミロクの問いかけに答えた。


「一度隠れよう。レッドブルンか盗賊か分からないが……状況は見極めたい」

「逆に襲ってしまえばいいのに、謙虚なことだ」

「危ない真似は、極力避けるんだよ。俺は別に強いわけじゃないんだ」


 するとミロクは、山道脇の草陰にそろりと入り込んで〝潜伏ハイド〟するイストに従いつつも、こちらの言葉を小声で否定する。


「強くない、か。お主は少々、謙遜が過ぎるな」

「何の話だよ?」


 自分に大した戦闘能力がないのは本当の話だ。


 いつでも放てるように、足のスリットポーチから薄い投げナイフを引き抜くと、イストは山道の上に視線を向けて目を凝らす。


 横で、ミロクは刀に片手をかけた居合の姿勢を取りながら、肩をすくめた。


「危機に対して常に備える者を弱いとする心得は、とんと学んだ覚えがない。己を律し、彼我を見極め、用意周到を極めた相手は、直接的な強さを持つ者よりもよほど厄介故な」

「……買い被りだよ」

「そうは思わん。なにせ、お主は、我が一目見て面白いと思ったくらいだからな」


 そしてミロクは黙る直前に、一言だけこう付け加えた。


「ーーーお主は、我が一番敵に回したくない類いの者だ」

 


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