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スカウトマンは、休めないようです。


「欲しい薬草が、あと一つ見つかりませんでした……」


 夕暮れが近づいてきて、そろそろ帰ろうと告げると、スティがしょぼくれた顔をした。

 帰りの坂道を村に向けて下りながら、イストは彼女に問いかける。


「何を探してるんだ?」

「『新月草』って言われる薬草なんですけど……ご存知ですか?」

「あー……知ってるけど、この辺には生えてないんじゃなかったっけ?」


 大昔の記憶だが、あの草が群生している場所はこっちがわの斜面とは反対側だったはずだ。

 

「そうなんです! だから行こうとしてたのに、カイがいきなり走り出したから!」

「俺のせいかよ!? だってなんか気配を感じたんだから仕方ねーだろ! 悪いやつだと思ったし!」

「何よ気配って! あんなところからそんなこと分かるわけないでしょ! あんたが!」

「何だとー!?」

「あー、喧嘩するなするな」


 ギャンギャンと言い合う二人を仲裁しながら、イストはカイに尋ねる。


「どっから俺の気配を感じたんだ?」

「このちょっと上辺りだよ。普段はあの教会があるとこを迂回して行くから!」


 このちょっと上、というのは先ほど通った山道の分岐点の話だろう。


 ーーー遠いな。

 

 村跡自体が見えないあの位置から、イストの気配を感じたというということは、野生の獣並みの察知能力である。

 

 カイが気のせいでなく本当にイストの気配を感じたのだとすると、彼のこともじっくり観察したいところだったが……

まぁ、それは後だ。


「スティ。『新月草』がないと困るのか? あれ、結構用途の限られた薬草だったと思ったが」

「はい、そんなに量は必要ないんですけど、タウさんが使うんです」


 その言葉に、イストは納得した。


 新月草は本来、人狼病……いわゆる『ワーウルフ』になってしまう病にかかった者に使う薬草なのだ。

 魔族とも人とも言えない存在になってしまう病気で、完全に理性を失った人狼は魔獣に分類されて駆除対象になる。


 が。


「痛み止めか。 古傷はひどくなってるのか?」


 新月草を乾燥させたものにはもう一つ効能があり、それが『魔性によって与えられた傷に対する痛みを和らげる』というものなのだ。

 

 スティは、チラリと上目遣いにこちらを見てうなずいた。


「みたいです……他の痛み止めはもう効かなくなっちゃってて」

「そっかー」


 イストは、ターバンの上から頭を掻く。


 新月草は効能が限定的な分、魔性傷に対しては非常に有効なのである。

 しかしそれしか効かなくなっているとなれば、タウは下手をするとそろそろ歩けなくなるのではないだろうか。


 そこまで痛みが酷くなっているのだとしたら、薬草がなければかなり苦しむことになるかもしれない。


「ん〜……!」


 さすがに今から取りに行くと夜になるので、ちょっと危険すぎる。

 自分一人ならまだしも、二人を連れて行くのは無理だ。


「ストックは、後どのくらいあるんだ?」

「それが、もう今日の夜の分しか……さ、サボってたわけじゃなくて、少し前に盗賊が出るか何かで、少し前まで山に入るのが禁止されてて!」


 ーーー何でそんな立て続けに問題が起こってるんだよ……。 


 イストは内心で少しうんざりした。


 街道近くにレッドブルンは出るわ、《遊離体ファントム》の少女は拾うわ、方向音痴の魔物が人族領にいるわ、挙句の果てには盗賊ときた。


 ーーーこりゃ、問題の規模次第じゃ応援要請が必要だな……。


 忙しくなるというのにドライの手を煩わせるのは忍びない、が、手に負えないことを一人で処理しようとして問題が大きくなるよりはマシだ。


 正直ドライ以外の四天王……竜戦士のフィーア辺りはイストよりさらに脳筋なので、魔王城の忙しさを紛らわす役には立たないだろうし、その辺りをよこしてもらおう。

 

 そうと決まれば、まずは問題内容の把握と、目前の問題解決が必要になる。


「分かった。とりあえずお前さんらは村に戻れ。その後、俺が新月草を取ってくるから」

「え?」

「今日の分しかないんだろ? だったら、取りに行くしかねーしな……」

「でも、危ないですよ!?」

「冒険者だから危ないことには慣れてるよ。それに俺は人よりちょっとだけ鼻が利くしな」


 危険の臭いを嗅いだら隠れる、野山で過ごす方法もお手の物だ。


 暗い中で動けるかどうかが問題だが……幸い、そろそろ満月が近いので月明かりもあるし、イストは斥候スカウトのスキルである〝暗視キャッツアイ〟を習得している。


 〝潜伏ハイド〟のスキルと合わせて慎重に行動すれば、仮に魔獣に会ったとしてもやり過ごせるはずだ。


「あの、何だかすいません。手間賃は何とか父の方から出してもらうように……」

「いや、良いよ」

「でも悪いですし……」


 ひたすら恐縮する非常にデキた少女に、イストは片目を閉じて見せた。


「手数料は、使う本人に請求すりゃ良いんだよ。あいつ、ギルマスだぜ?」

「あ……」

「大体、手に入りにくい材料なら自分で冒険者にでも依頼すりゃ良いんだ。生えてるとこ遠いんだし」


 タウにしたって、薬が切れて痛みに転げ回ることを思えば、安い買い物だろう。


 ーーーまぁ、夜の行動はとりあえずミロク辺りに付き合ってもらうか。


 あの手練れウサギなら、隠密行動も出来るし、いざという時に盾に出来……もとい、前衛として連携が取れるだろう。

 気まぐれっぽいので、嫌がられたら諦めるしかないが。


 と、 そろそろ村が見えようかという頃合いでイストが方針を定めたところで。


 バカが、口を開いた。


「なら、俺もスティを送り届けた後、付き合ってやるよ! 護衛としてな!」

「人の話聞いてたか!? 危ないって言ってんのに、お前さんみたいなウルセェ奴を連れていけるかっつーの!」

「何だとー!? 俺のどこがうるさいっつーんだ!?」

「誰がどう見てもうるさいわよこのバカァ!」

「どぅあっ!?」


 スパァン! とスティに頭を張り飛ばされたカイが、彼女を睨みつける。


「毎日毎日、パンパンパンパン人の頭を叩くんじゃねーよ!」

「おばさんに許可はもらってるわよ! ていうかこれだけイストさんに迷惑かけといて、これ以上足引っ張るんじゃないわよ!!」


 スティの言葉は、全くぐうの音も出ないほどの正論なので、イストは深く頷いた。


「そうだ。身の程知らずのガキは家でおとなしくしとけ」

「何でだよ!? イスト、さっきは俺のこと褒めたじゃん!?」

「身のこなしはいい。それ『だけ』はな。それ以外がダメダメすぎる。特に性格」

「ヒデェ!? イストだって大して変わらないそうじゃん!?」


 痛いところを突かれて、イストは一瞬言葉に詰まった。


「……それはそれ、これはこれだ。少なくとも、今のお前よりはマシな性格してるはずだし」

「カ! イ! あんたは本当にもうそろそろ黙って!」


 スティの悲鳴のような懇願を聞いて畑仕事を終えかけた村人が、何事かと顔を上げてこちらを見たので、イストは曖昧な笑顔とともに会話を切り上げた。

 

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