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スカウトマンは、勇者に報告する。


 勇者の墓は、山の上にある。


 今はもう猟師くらいしか使わない山道に張り出した木の枝を丁寧にナタで払いながら、イストはそれがある場所にたどり着いた。


「……年々荒れて行くよなぁ」


 イストは、元は畑や道だった場所がすっかり草に覆われていたり、燃え残って朽ちている木の柵や家屋を見て、アゴの無精ヒゲを撫でる。


 ここは、かつてイストの故郷だった場所だ。

 だが当然、住む者など誰もいないので手入れもされないのである。


「負けたっつっても、一応勇者なのになー」


 その形見の聖剣が安置された場所に、自分以外に訪れる者もいないのは寂しい限りだ。


 期待に応えなかった相手への薄情故か。

 あるいは、勇者が負けても穏やかに過ごせているが故か。


 後者であれば、魔王政府の努力の賜物なので、文句も言えないが。


「さて、始めますかね」


 下生えを踏みながら村の中に入ると、広場に一つだけ大きな墓石があった。


 この場に眠る皆のために、四天王になった後にイスト自身が私財を使って建てたものだ。


「久しぶり」


 墓石に向かって、イストは手を上げた。


 自分以外の生き残りがどれだけいたかは分からないが、少なくとも、決戦の日に目の前に立ち塞がった弟以外に会ったことはない。


「今年もなるべく綺麗にして行くから、怒らないでくれよ? ここに住むわけにはいかねーしさ」


 引退させてもらえれば、ここで暮らすのも悪くはないのだが。

 

 毎年のごとく、せめて墓石の周りだけでもと丁寧に草を抜き、どうにか残っている井戸から水を汲んできて汚れた墓石を磨く。


 その後、イストは手を払いながら教会に目を向けた。

 村唯一の小さなものだが、一応聖なる加護を受けていたためか焼け残った場所だ。


「さてお次は、っと」


 額に浮かんだ汗を腕でぬぐいながら、イストは教会の中に入る。


 床には赤い絨毯だったものが敷かれ、等間隔に一応原型を残している木製の長イスが並んでいた。

 建物の奥にある三段ほどの丸階段の上には教卓があり、そんな教会の中を天窓から差し込む光が柔らかく踊っている。


 しかし壁はところどころ崩れ、中も草に侵食されていた。


 正面にある天窓のステンドグラスはとっくに割れてなくなり、十字架は教卓の裏に落ちている。


 重みでそれが落ちた時に崩れたのか、教卓の裏の壁は破壊されて外の景色が見えていた。


「へぇ、ずいぶん見晴らしがよくなったな」


 今日はよく晴れていて、壊れた壁の外には絶景が広がっていた。


 青い空に、薄い白雲。

 斜面になっている教会の向こう側には緑が広がり、かなり遠くに海が見えた。


「前よりは退屈しねーんじゃねーか? なぁ、オメガ」


 そう語りかけながらイストが目を向けたのは、教卓の前にある一本の剣。


 石の台座に突き立ったそれは、真っ白な柄に金の縁取りを持つ神聖な印象のそれだ。

 錆びる様子もなく、廃墟の中で唯一鮮やかなまま、静かに照らされている。


 緑の宝玉が柄に埋め込まれており、一番特徴的なのはその両刃の刀身。

 金属には見えない、乳白色の不可思議な材質でできていた。


 ーーー聖剣【ソウルキャリバー】。


 邪悪を祓うと言われるそれは、弟の手にあった時と変わらない姿を保ち続けている。


「お前に払われなかったってことは、俺は邪悪じゃねーはずなんだがなぁ」


 言いながら聖剣に近づいて手を伸ばすと、バチリ、と軽く雷鳴が弾けて手を打った。


 まるで、イストを拒否するように。


「やっぱ、手にする資格はねーか」

 

 イストは苦笑して手を引っ込めた。


 この聖剣には刃がなく、勇者の資格がないものが手にしてもただの壊れない鈍器でしかない。


 人間なら、手にすることは出来ずとも触れることだけは可能なはずのそれは、イストだけは魔族と同様に拒否するのだ。


「そんな拗ねんなよ。好きで放ってるわけじゃねーんだから」


 それを、まるで弟が駄々をこねているように感じているイストは、とりあえず台座の周りを墓石同様に掃除しようとして、手を止めた。


「あれ?」


 台座の周りに、例年のように草が生えていない。

 よく見ると台座も磨かれているようで、経年の落ちない汚れ以外は見当たらなかった。


 ーーー誰か来たのか?


 花なども手向けられていないが、それは人の手が入った形跡だった。

 それも真新しい。


「んー……?」


 イストが上がってきた山道は、誰かが通ったようには見えなかったのだが。


「まぁいっか。俺以外にもお前さんを気にかけてる奴がいるなら、嬉しいしな」


 それが勇者を忘れていない誰かなのか、あるいは聖剣目当てにここに来た者かは分からないが……まぁ、前者だと思っているほうが気持ちがいい。


 どうせ、台座に立つ聖剣は、納めた瞬間から誰にも抜けなくなるものだ。

 勇者の資格を持つ者が再び現れるまで、ここに在り続ける。


「つっても、抜ける奴に現れてもらうと困るんだけどな」


 ーーー魔王(オヤジ)が倒されてしまうのは、いただけない。


 歴代魔王の中で、唯一世界征服を成し遂げた上に、長く善政を敷いてくれる偉大な王なのだ。


 掃除の必要がなくなったイストは、その場で景色を眺めながら昼食を取ることにした。

 応える者もない中で、この一年に起こった様々なことをポツリポツリと、弟に報告する。


「ここに来る時に、有能そうな奴を見つけたんだ。変わった女の子と魔物でな」


 今の世の中だと、出来れば事務作業が出来る人材のほうが欲しかったが、どこかの国が戦乱を起こした時に平定するだけの武力は維持し続けないといけない。


 守る想いの強い者は、それだけでも貴重な存在だ。


「あの子は《遊離体(ファントム)》っぽいから、できたら元の体を見つけて、平和を維持する側の一人になってくれたら良いなと思ってるよ」


 ミロクの方は、まだ分からない。

 だが、悪い臭いはしないので仲良くなってから、勧誘するかどうかを決めるつもりだった。


 何せ確実に強い。

 シュラビットの中でも手練れなのではないかと、イストは読んでいた。


 一通り、いつもの儀式を終えたイストは昼食の包みを縛り直して立ち上がる。


「また来るわ。一年後に俺が生きてたらな。……今年も、世界は平和だった。来年も平和だといいな」


 最後に一言、声をかけると。


 気のせいかもしれないが、柄に嵌った青い宝玉がキラリと光って応えたような気がした。

 

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