スカウトマンは、刀ウサギと話をする。
「聖騎士、ですか? 私が!?」
「そーだよ」
よほどイストの提示が意外だったのか、驚くクスィーにうなずきかける。
「ですが、私は剣も扱えませんし、腕力もさほどないと思うのですが……」
「多分クスィーがイメージしてるのは、鎧を着て大盾と剣を持ってる戦士みたいなヤツだろ?」
「はい」
うなずいた彼女に、テーブルをトントン、と指先で叩きながら話を続ける。
「だが、俺が言ってる聖騎士ってのは『守る力』があるヤツの事だ」
基本的に重戦士の上位職である聖騎士は、守りが固い者がなる。
守護者にも剣を扱えたり戦闘力があるに越したことはないが、一番重要な役割は敵の攻撃を引き受け、最前線に立って仲間を守ることなのだ。
「お前さんは防御結界の構築に優れている。性格的にも守りたがりだろ。自分の命が危険に晒されても、他人の命を守ろうとするしな」
「えっと、そ、そんな高潔な精神を持っているわけでは……」
褒められることが恥ずかしいのか、クスィーが顔を伏せて頬を染めながらもじもじと肩を竦めたので、イストは問いかけてみた。
「お前さん、目の前で魔獣に襲われてるヤツがいて、どっちかしか逃げれないとしたらどーする?」
「この身を捧げます」
「即答じゃねーか」
と言うことで、高潔かどうかはともかく、守り手には向いている。
防御結界が砕けるまで頑張りそうなので、そこは少し視野を広げて欲しいとは思うが。
「怯えて逃げるヤツは前には立てない。しかし前に立てても自分の身を守る力がなければ、それは無謀と同義だ」
そうした観点から見れば、クスィーは両方の資質を備えており、かつ自前で回復魔法も使えるのである。
「敵を倒すのが苦手でも構わねーんだよ。逃げない盾になれるなら、倒すのは他の連中に任せりゃいいんだ」
適材適所、がイストの好きな言葉である。
自分はちまちまと、敵の目の届かないところから不意打ちをかますくらいしか出来ないが、クスィーは違う。
「ま、お前さんは魔獣の命まで救って欲しいと願うほどの変人だしな。仲間を守るために同じことが言えるなら、向いてるよ」
相手を傷つけたくない気持ちと同じくらい守りたい気持ちがあって、前に立つことを臆さないのなら。
「やれることをやるために、お前さんに一番適してるのが『盾になる』ことだと俺は見たんだ」
「聖騎士……」
クスィーが手元に目を落とす。
考えたこともなかったのだろうが、今の冒険者になったばかりの段階で意識するなら遅いということもない。
するとミロクがこちらの意見に賛意を示した。
「ふむ。我には、お主の言うことは正しいように聞こえるな」
「あ、最後に決めるのはクスィー自身だけどな。俺はやりたくないことを強要はしない」
人の意見に流されて何かを決めても結局後悔することになるし、何よりもまず『自分がどうしたいか』が重要なのである。
才能は、そのままでは原石だ。
腐らせないのも、磨くのも、全ては自分次第である。
「別に今すぐ答えを出す必要はねーから、ゆっくり考えたらいいと思うけどな。俺はあくまで、可能性を示しただけだし」
「はい。ありがとうございます」
「んじゃ、そろそろ人も増えてきそうだし、部屋に戻るか」
畑仕事を終えた村の男たちが、ぞろぞろと酒を飲みに来る気配を感じたイストは、そう言いながら席を立った。
※※※
翌朝。
太陽が昇るのと同じくらいの時間帯に身支度を整えたイストが宿を出ると、ミロクがそこで刀を振っていた。
「早いなオイ。クスィーは?」
「まだ眠っておる」
メスだ、というので同室にした少女の名前を口にすると、ぴたりと正眼に構えて刃先に視線を向けたまま、ウサギ獣人は答える。
「早いとはいうが、我らの種族は、人と違ってさほど長い眠りを必要としない。十分に休息は取った」
「魔物の利点だよな……」
「言うて、お主も人にしては頑強な方であろう」
「体力はいくらあっても困らないからな。そのタフさは素直に羨ましい」
なんせ魔王軍にいた時は、どれだけ体を鍛えても魔物の新兵と同じ程度の体力しかなかったせいで、ずいぶん苦労したのだ。
「で、どこに出かけるつもりだ?」
「ん? 墓参りだよ。そのためにこの村に来たんだ。一応、それだけ済ませてさっさと出て行くつもりだったけど……事情が変わったからなぁ」
いても二日三日だと思っていたが、来て早々クスィーと出会ってから状況が完全に変わった。
「ちょっと一日だけ留守にする。その後、レッドブルンの足取りを追おうと思うんだが。付き合ってくれるか?」
「構わんが。ここの店主にそのことは伝えたのだろう?」
ヒュン、と目に見えないほどの速度で、踏み込みながら刀をもう一度振るったミロクは、滑らかな動作で納刀する。
確かに、タウにはすでに状況を伝え、一応冒険者相手の張り紙をしてもらうように伝えていたが。
「やっぱ気になるだろ。俺たちが動くのが一番早いのは間違いないしな」
「ふん。お主は人が好いな。我やクスィーを助けたことから薄々感じていたが」
ミロクはピコン、と器用に耳を片方だけ立てる。
「それとも、厄介ごとが好ましいか?」
「いんや、嫌いだよ」
イストは苦笑しながら片目を閉じてみせる。
「だけど、俺は平和が好きで、皆が不安がらずに暮らしてるのが好きだ」
自分にとっての平和は、自分だけが平和であればいい、というわけではない。
周りの人間ものほほんとしてて、初めてイスト自身が満足するだけの話である。
「てな訳で、ちょっくら出かけてくるわ」
「イスト」
軽く手を上げて歩き出すと、背中に声がかかる。
「詣でるのは、誰の墓だ? ずいぶん前に死んだと言っていたが」
「ああ……」
その問いかけに、イストは振り向かずに後頭部を指で掻きながら答えた。
「勇者の墓だよ。ーーー人間のために戦った、英雄だ」