スカウトマンは、少女の適性を告げる。
「そういやお前、まだ冒険者ランクはDのまんまなのか?」
「当たり前だろ。条件満たせねーんだから」
鍵付きの部屋に荷物を置いて食事を終えたあたりでタウが問いかけてくるのに、イストはうなずいた。
すると彼は、どこかしみじみとイストの方を見つめて、言葉を続ける。
「それでよく冒険者として生きてるよな」
「鼻は利くからな。それに、別に危ないことしなけりゃそれなりになんとかなるもんだ」
「レッドブルンの巣穴を探しに行くヤツのセリフじゃねーな」
クックック、と彼が喉を鳴らすのに、イストは口をへの字に曲げる。
「放っといて誰かが襲われたら困るだろうが」
「それで迷子を二人拾って、忙しくしてりゃ世話ねーだろ。外見も変わんねーが中身も変わんねーな、お前は」
言いながら、タウがカウンターの食器を片付けていく。
何気ない言葉だったが、イストは内心でギクッと身をこわばらせていた。
ーーーもう十年以上だもんな……。
目の前の中年はすでに頭に白いものが混じり始めているのに、自分は知り合った頃のままの青年の姿なのである。
ーーーそろそろ潮時かもなぁ。
イストは魔王の不死の呪いで外見が変わらない。
この村もちょうどいい位置にあるから利用していたが、もう来年からは来ない方がいいのかもしれなかった。
別に寿命を延ばしてもらう必要なんかない、と最初は拒絶していたのだが、四天王を含む仲間連中に『一人だけ先に死んで、全部ほっぽり出すのは無責任』と責められたのである。
だからと言って、足の悪いタウをこの村のギルドから今更動かすのも忍びないし、そもそもタウだけを変えたところで村人たちだって不審に思うだろう。
ーーー気に入ってんだけどな。
そんな風に思いながら首を横に振り、イストはクスィーとミロクを伴ってカウンターから食堂の席に移動した。
「イストさん。先ほど、タウさんが言っていた条件というのは何ですか?」
「ん? 冒険者ランクがCに上がるには、一つ条件があるんだよ。『派生職、もしくは上級職への転職』ってヤツがな」
イストには初期職である斥候の才能が少しあっただけで、他の職にはなれないのである。
「なるほどな。そういうものもあるのか」
「そういえばミロクの職は?」
聞かなくても腰に佩いたものを見れば一目瞭然な気がしたが、一応聞いてみる。
「サムライだ」
「だよな」
それは剣士の上位職である。
このウサギのように、最初からそうした職につける者もいるので、世の中というのはそこそこ不公平に出来ている。
「さて。じゃ、約束通りに調べるか」
イストは、クスィーの才能に関する話をすることにした。
彼女の素性に関しては、もうここで調べられることはないので、後は行方不明情報や探し人の依頼でも地道に見ていくしかないので置いておく。
腰の【七ツ導具】の中から取り出したのは、分厚い紙の束だった。
両手の指でようやく持てるくらいの幅があるそれを見て、クスィーが目を丸くする。
「本、ですか……?」
「どっちかってーとメモだな。俺の手書きだ」
綴っているのはヒモで、体裁も整えていない黄ばんだ紙束である。
が、これはイストにとってはお宝であった。
今まで嗅いできた才能のある連中の、特性と香りの相関図を記録して、きちんと並べたものである。
一人につき一枚あり、ここにミロクとクスィーも加えるつもりだった。
「お前さんは治癒師、だが、俺の見たところ、多分治癒魔法よりも防御魔法が得意だよな」
それも自己強化型と結界型のうち、結界寄りの適性である。
テーブルの上に置いてパラパラとめくって『柑橘系の香り』あたりの項目にたどり着いたイストは、記録を眺めてそれぞれの人物の香りを思い出しながら該当しそうな辺りを探す。
「んー……この辺かな。聖属性だともう少し清涼な匂いだし、多分無属性で……物理防御と魔法防御の中間くらいか」
ブルンドックーに襲われていた時に咆哮のスキルにも体当たりにもビクともしていなかったことを考えると、結界の性質がどっちつかず、というよりは、どちらにも適性があるのだろう。
「つまりお前さんに向いてるのは、治癒師じゃねーな」
「え?」
思いがけないことだったのか、クスィーが目を丸くする。
「治癒師ではない、ということは、魔道士ですか?」
「いや、そうじゃねーよ」
似たような香りの項目にあった人物たちの職種を眺めながら、イストはニヤリと笑みを浮かべてみせる。
「お前さんに向いてる職業は、意外や意外、そもそも魔法職じゃねぇ」
「ふむ?」
その言葉を聞いて声をあげたのは、満腹になった腹をさすって眠たげにしていたミロクだった。
「お主は本当に面白いな。こんな細い娘に前衛の適性があるというのか」
「そうだよ。ていうか、それが分かるならミロクも同じこと感じてるんじゃねーの?」
「我はクスィーが魔法やらを使っているところを見ていないからなんとも言えんな。お主の言葉からそう感じただけだ」
意外と頭の回るウサギである。
するとクスィーは、ますます戸惑ったように頬に手を当てた。
「前衛……ですか。私が?」
「そうだよ。強固な結界を張れて、治癒魔法よりも自己強化寄り……というよりも、強化魔法に適性があって副次的に治癒魔法を使える職。ま、確かに外見から想像する奴はいないと思うが」
パタン、と資料を閉じたイストは、テーブルに肘をついてクスィーを指差して、答えを告げた。
「お前さんに最適な職業はーーー〝聖騎士〟だ」