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スカウトマンは、少女の素性を探る。


「クスィーって名前の治癒師自体は何人か登録があるが……どれも特徴は一致しねーな」

「そっか」


 タウは、冒険者総覧……ギルドマスターの目にしか映らない資料を映し出す水晶球に目を走らせて、そう告げた。


 イストは彼の返答に眉根を寄せる。


「……てことは、偽名でも使ってたのかな?」

「偽名、ですか? 私が?」

「そ。まぁ可能性の一つだけどな」


 冒険者登録をするにあたって、特別な資格というものは必要ない。


 基本的には書類を記入し、適性を見定めて職を振り分ければそれで完了だ。

 あるいは既に誰かに弟子入りして、魔法や剣技などを習得している場合は適性検査すらしない。


 非常に手軽ゆえに偽名での登録も容易な上に、名前を変えることも登録し直すことも簡単だが……。


活力波形パターンの登録から調べるか」

「有料だぞ」

「しかたねーだろ。とりあえず登録があるかどうかだけでいい」


 総覧から目を上げたタウの質問に、イストはうなずいてカウンターの上に硬貨を置き、クスィーを見る。


「タウの前に出て、手を差し出せよ」

「は、はい」


 彼女がカウンター越しに腕を伸ばすと、ローブの袖が引かれて滑らかな褐色の細い腕が現れる。


 その腕を優しく握られてタウに水晶球の上に誘導されながら、彼女はおずおずと尋ねて来た。


「あの、ぱたーん、というのは何なのでしょう?」

「冒険者は登録そのものは簡単だが、新たに冒険者に登録し直すことが出来なくなる」


 理由は簡単で、活力波形パターンと呼ばれる、個人特有の波形を総覧に登録することが義務付けられているからだ。


 この活力波形は一生変わらないもので、一般的には『魂の放つ音』とされている。

 イストの鼻も似たようなものを感じ取っているのではないか、と言われたことがあるが、特に気にしたことはなかった。


「要は、こいつを登録しなきゃならなくなるから、名前のこととかが緩いんだけどな」


 波形さえ分かっていれば、ギルド側では全て把握出来るのである。

 後ろ暗い連中も多いので、そもそも出自の証明手段がなかったりもするのだ。


「そ。まぁもしクスィーが冒険者じゃくて、聖教会の修道女なんかだったら登録がなくてもおかしくはねーんだけどな」


 質問に答えるふりをしつつ、イストは本題から話を逸らした。


 偽名での登録、というのは。

 逆を言えば『何か名前を隠したい事情がある』という証明になるのだ。


 彼女の《遊離体(ファントム)》化と考え合わせると、下手をすればこれが偶発的なものではなく、厄介な事情を抱えての状況という可能性も出てくる。


 『元々誰かから逃げていて、見つかった結果こうなった』ということも考えられる体。


 ーーーコイツ自身が嘘をついてる、ってことはねーだろ。


 そうであれば、クスィーは相当したたかである。

 実は記憶を失っておらず、ブルンドックーとの戦いに手を貸したイストを利用しようとしている、という可能性も少し考えたが。


 少なくともこの性格を演じられるのだったら、むしろイスト的には評価が上がる。


 ーーーまぁ、ねーだろうけど。


 彼女の香りは、腐っていないのだ。


 どれほど才覚があろうと、性根の悪い者はどこか腐ったような香りを漂わせていることが多く、クスィーの漂わせる『青臭さ』とは対極である。


 そこで調査が終わったのか、タウがこちらを見て首を横に振った。


「やっぱ登録はねーな」

「マジかー……」


 イストは、ターバンを巻いた額を軽く手のひらで叩いた。


 この出で立ちで登録がない、となると、中々厄介な話である。


「……」


 自分の情報が得られず、肩を落としているクスィーに、多分暇だったからだろう、ミロクが声をかける。


「ふむ。よく分からんがお主は素性知れずなのか?」

「そうです……」

「しがらみがないというのは素晴らしいことであろう。何をそんなに落ち込んでおるのだ?」


 心底不思議そうに腕組みをして首をかしげる隻眼の黒ウサギに、クスィーは不意をつかれたように目を丸くした。


「どうした、呆けた顔をして」

「言われてみれば……なぜ気にするのか、と自分でも不思議に思いまして」

「いや素直過ぎんだろ」

 

 そこに対して疑問を持たれても困るような部分である。


「自分の出自が分からなかったらそりゃ普通に不安だろ、ミロク。自分の足場がないよーなもんだぞ?」

 

 確かに、しがらみがないのは良いことだ。

 イスト自身も、なくなるものなら無くしてしまいたいヤツである。


 それはそれとして、という話なのだ。


「そんなモノか。我は記憶を失ったことなどないので分からんが、お主の言う通りかもしれんな」


 ミロクが、余分なことを言った、とクスィーに告げて彼女が首を横に振る。


「いえ、なんとなく『どうしても知らなければ!』と思っていましたが、今の一言で心が少し軽くなりました」

「それは何より。……で、イストよ。要件が終わったなら飯にせんか?」


 いきなり話題を変えて、催促するようにこちらを見上げてくるミロクに軽く頬をひきつらせる。


「なぁ。お前さんはさっき飯食ったよな?」

「あれっぽっちで足りるわけなかろう」


 ミロクは、ちみっちゃい体をしているくせにそこそこ健啖家らしい。


「……金は自分で払えよ」

「これでも共通通貨くらいは多少持っておる。それに……のう、そこの宿の主人あるじ

「なんだ?」

「我も冒険者とやらに興味が出たが、魔物でもなれるかの?」

「人間じゃなきゃダメだって言う規則はねーが……あんまいねー気はするが」

「だが、金が稼げるのだろう?」


 ミロクは、なぜかこちらを親指で示して、ふん、と鼻を鳴らした。


「手持ちが多いわけではないのでな。金が稼げそうなら面白そうだからやってみたいのだ」

「そいつは好きにしろよ。俺も面白いと思うぜ」

 

 冒険者ギルドというシステム自体は優れているので、利用できるのならするに越したことはないのだ。


「ついでにクスィーも登録しとこう。そっちのが動きやすいからな」


 身分証明ができないと、移動に制限がかかることがある。


 冒険者証ならその代わりになるのだ。

 なにせ、魔王のお墨付き組織なのだから。


「が、全部後にしよう。なんか疲れたから俺も飯が食いたい」

「よっしゃ!」


 タウが、冒険者総覧を仕舞い、パン、と手のひらを打ち鳴らす。


「いつも通り、一人分多めで良いんだよな?」

「ああ」

「イストさん、一人分多めに食べるんですか?」


 クスィーの質問に、イストは首を横に振る。


「いんや。ここに来た俺のそもそもの目的は墓参りでね。ーーー多いのは、その墓参りの相手の分だよ」


 手向けの代わりに、いつも作ってもらっているのだ。


 そう告げて片目を閉じたイストに、クスィーはなぜか『悪いことを聞いてしまった』とでも言いたげな顔で口を閉ざすが。


 ーーー言ってももう、数十年前の話なんだけどな。

 

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