スカウトマンは、ギルドに赴く。
「よー、マスター」
カラン、とドアにかかった鈴を鳴らしながら開けたイストは、カウンターの奥にいる大男に声をかけた。
「おうイスト。そろそろ来ると思ってたぜ」
マスターはコトン、と拭いた木製のカップを置きながら、人懐っこい笑みを浮かべる。
ご面相は厳ついが気の良いマスターで、彼がここに赴任してからかれこれ十年近い付き合いだ。
「部屋ある?」
「いつも通りだよ。この時期は巡りの行商人以外は里帰りしてるし、冒険者はデカい祭りのある街に集まってるだろうからな」
「だよな」
ドライが『もうすぐ忙しくなる』と言っていたのは、各国の祭りが開催されるからだ。
警護を含む計画を統一政府に提出して、認可を貰わないといけない。
許可を出すために計画を精査するのはドライ……というか総務部の仕事である。
そこから爪弾きにされていつも『暇』なイストは、とりあえず彼を初対面の二人に紹介した。
「クスィー、ミロク。このおっさんが、この冒険者ギルドのマスターのタウだ。宿屋のオヤジでもあるし、引退した元冒険者でもある」
「は、初めまして……」
「よろしく、オッサン」
頭を下げるクスィーと、軽く手を上げるミロク。
そんな二人に、タウは目を丸くした。
「オメーが誰かを連れてくんのは珍しいな。ていうか、片方魔物じゃねーか」
「どっちもさっき拾ったんだよ」
「魔物で悪いかい?」
ピン、と片耳を立てたミロクが特に気分を害した様子もなく、懐手を差しながら見上げるのに、タウは肩をすくめた。
「いんや。この辺りじゃ珍しいと思ったんだよ。特にシュラビットは、住むとこが違いすぎてあまり見かけないからな」
見た目通りに肝の据わっているマスターは、逆に笑みを投げ返す。
そこからイストは、彼にクスィーの事情を説明する。
確証はないので《遊離体》かもしれない、という部分は一応伏せた。
筋骨隆々の腕を組んで話を聞いたタウは、軽くうなずいて奥に向かう。
「記憶喪失なぁ……ちっと待ってろ。冒険者年鑑を持ってくる」
「助かるよ」
冒険者年鑑、というのは一種の魔導具で、現在登録されている冒険者の総覧である。
名前のほか、ランクや職種なども記されており、金を払えばより詳しい情報も見れたりするが、高位の冒険者に関する情報や依頼状況などには本部から規制がかけられていることもある。
よほど特殊な事情でもない限り本人以外は閲覧できないが、ギルドマスターの裁量で情報の一部を得ることは可能だ。
軽く足を引きずる背中を見送って立ち飲みカウンターに腕をかけたイストは、足元に荷物を置いた。
ミロクが刀の柄に手をかけて建物の中を物珍しそうに見回すのを眺めていると、クスィーがこっそりと問いかけてくる。
「……あの方は、足が悪いのですか?」
「昔、魔獣と戦った時に怪我したらしいな。それで冒険者を引退してギルドマスターになったんだとさ」
赴任してきた年に、酒を飲みながら聞いた話だ。
「一応、治癒魔法は使えますが……癒せるでしょうか……?」
「多分無理だろう。古傷だし、高位の治癒魔法は使えないんだろ?」
治癒魔法は万能のものではないし、基礎魔法に近いほど効果が限定される。
一番効くのは単純な切り傷や打ち身に対してで、それも怪我を負った直後から時間が経つほど効かなくなるのだ。
擦過傷や深い切り傷、火傷になると効果が落ち、体力は回復しないし流れ出た血も体内には戻らない。
「……残念です」
「お前さん、本当に人助けが好きなんだな……」
クスィーが記憶を失う前の生活がどんなものだったか知らないが、古傷を癒せない程度でしょぼくれている様子を見せる辺り、案外聖協会の修道院辺りにいたのだとしてもおかしくない。
「健やかに生きること以上に、幸せなことがありますか?」
まっすぐにこちらを見つめる切れ長の美しい瞳には、一点の曇りもなかった。
その真剣な顔に、イストはかすかに笑みを浮かべる。
ーーーねーな。それに関しちゃ、俺も全く同感だ。
元々、魔王に殉じて世界を征服したのは、理不尽に何かを奪われる者が少ない世の中を作るためだったのだから。
「間違っちゃいないが、一人で万人は救えないし、そもそも目の前の奴を救うにもお前さんの努力はまだまだ足りねーよ」
世界征服の過程で、逆に理不尽に敵から奪ったものもある。
自分が失ったものもある。
だから万人は救えない……それでも、成し遂げた以上はこの平和を長く続ける必要はある。
健やかに生きる者が、健やかなまます過ごすのを見るのは、イストも好きなのだ。
「古傷は、今のお前さんじゃ治癒できない。が、基礎魔法で治せないものを治すための魔法は今でも研究開発されてる」
特に『神の奇跡』とも呼ばれる最上位の治癒魔法は、瀕死の状態から命を掬い上げることも可能だと言われていた。
使い手は少なく、完全な効果のあるものは未だ理論上にしか存在しないが、確かにあるのだ。
「お前さんの目的がデカくてハッキリしてるのは良いことではある。だが古傷を癒せるくらいになりたいなら、まずは修行しろよ。一朝一夕でお手軽に扱えるようになる魔法じゃねーぞ?」
「そう、ですね……」
才能は間違いなくある少女が頷くのに、イストは片目を閉じてみせた。
「望むなら、お前さんの適性をもっと詳細に見ても良いしな」
「適性ですか?」
「おう。俺はこれでも鼻が利くんだ。才能のあるヤツは良い匂いがするからな」
冗談めかして告げてみたが、クスィーは逆に、納得したようにうなずいた。
「だからいきなり人の匂いを嗅いだんですか……」
「おう」
「変質者さんではなかったのですね……」
「今までそう思いながら付いてきたのかよ」
「いえその、す、少し変わったご趣味をお持ちなだけだと思っていました!」
ーーーなんのフォローにもなってねぇ。
顔を真っ赤にして、うろたえたように目線をそらしてもじもじしている様子を見るに、明らかに嘘である。
「人を傷つけないための優しい嘘は、その態度も含めて隠さねーとつけねーぞ」
「う、嘘ではありませんっ!」
図星を突かれたからか、さらにクスィーがうろたえて否定してきたところで、タウが戻って来た。