97.忘れてました
ファミリアとしての活動が始まって、四姉妹とティナさんにシャルの紹介もしてから一週間が経過した。
ジャスミンさんとベルさんは、毎日のように繰り返して魔法を練習して身体が慣れてきたのだろう。
三日も経った頃には私の予想を上回る速さで魔法を安定させ、出力させることができるようになっていた。
ベルさんに至っては、最初に出した課題である手のひらに炎を出して五分間キープもできている。
ジャスミンさんも調子にさえ乗らなければ、暴走する回数も格段に減っていた。
細かなことが得意なベルさんは早くできるだろうと思っていた。
失礼なことかも知れないけど、正直に言えばジャスミンさんはもう少し時間がかかると予想していただけに驚きである。でも、これはジャスミンさんが果敢に何度も挑戦を繰り返して、少しずつコツをつかんだから。
他の姉妹よりも体力があるとはいえ、ジャスミンさん本人の頑張りが結果として現れたのである。
シラユキさんとアリエルさんの依頼も、王都の周辺であまり強いとは言えない相手とばかり戦っているので、帰ってくる時間が日に日に早くなっている。
アリエルさんだけでなく、シラユキさんの服も汚れが目立たなくなっていた。
ジャスミンさんとベルさんの魔法がもうちょっとだけ安定したら、四人を連れて依頼へ行くことにしよう。
この感じだと、アリエルさんの新しい剣を作るための遠出というのも、そう遠くないうちに実現できそうだ。
だけど。
すべてのことが順調というわけではない。
さすがにそんなに簡単には物事は進まないのである。
「——大丈夫ですか、シラユキさん」
へなへなとその場に座り込んでしまったシラユキさんに駆け寄って声をかける。
シラユキさんはまたしても魔法の発動が上手くいかず、暴走しかけた魔法をシャルが打ち消した。
ただ、日中は依頼をしていたこと、大量に魔力を消費したこと、制御しようと気を張り詰めていることなどが重なって、負担は決して小さくないだろう。
「あぁ、ボクは平気だよ」
駆け付けた私に、シラユキさんは弱々しく笑いを零す。
シラユキさんが魔法の制御を失敗して暴走させてしまうのは、この一週間で何度も見た。だけど、毎回威力が凄まじいので、いつも肝が冷える。シャルがいるとわかっていても、心配してしまう。
「こんな情けない姿、やっぱり妹たちには見せられないね……」
「失望したりなんて、しないと思いますけど」
「そうだね。でも、姉としては」
「……ですね。制御できるようになって、アリエルさんたちをびっくりさせましょう?」
「あぁ。と言っても、君とシャルロットにはダメダメなボクばかり見せているんだけど……」
「シラユキさんはダメダメじゃないです」
「クロエ……」
シラユキさんは疲れているにもかかわらず、毎日個別での指導を受けてくれている。
むしろ、シラユキさんのほうから私の部屋に迎えに来てくれるほどである。
シラユキさんは「よいしょ」とゆっくり立ち上がった。
「もう一回、やってみてもいいかな?」
「はい、もちろんです!」
「シャルロットも付き合ってくれるかい?」
「かかっ、よかろう。そなたの魔法は綺麗であるからな、受け止め甲斐があるというものよ」
シャルの言葉に、シラユキさんは目をパチパチとさせた。
「ボクの魔法が綺麗……?」
「む? 我は何かおかしなことを言ったか?」
「あ、いや。そんなこと初めて言われたから」
「ふむ……」
あごに手を添えて、何やら思案するシャル。
「シラユキ。そなたはもう少し自信をもって魔法を使うといい」
「自信……?」
「うむ。魔法を使うときは、普段とはまるで別人のようになっているではないか」
シャルの指摘に私は納得する。
たしかに魔法を使うときのシラユキさんは、自信なさげというか、できなくて当たり前という気持ちが強く出てしまっている。
無理もないのは理解できるけど、魔法はイメージが大切だ。である以上は、成功するイメージを持たないとできるものもできない。はじめから失敗すると思っていては、成功するのは難しいだろう。
「シラユキさん。魔法を制御しようとするんじゃなくて、女の子と遊ぶみたいな気持ちで使うのはどうですか?」
「ど、どういうことだい?」
「えーっと……いつもやってるみたいに優しく触れるというか、甘やかすというか、可愛がるみたいな?」
「……クロエがボクのことをどう思っているのか、よくわかったよ」
「あ、そういうわけじゃ」
「冗談だよ。間違いじゃないしね」
ふふっと笑みを浮かべるシラユキさんの表情は少しだけ明るくなっていた。
女の子のようにか、とつぶやいてうなずく。
よくよく考えると意味の分からないとんでもないアドバイスな感じがしないでもない。まぁ、シラユキさんに通じてるならいいか。
「わかった。それで一度やってみるよ」
私とシャルがその場から離れると、シラユキさんは自身の指先に魔力を集中させた。
シャルのアドバイスがあるとはいえ、すぐに上手くいくとは思わない。何か変わったり、掴んだりしてくれたらいいんだけど……。
シラユキさんの人差し指の上に小さな魔方陣が展開される。
そしていつも通り、炎が暴れ狂う。まだ小さな火も制御できないとはいえ、このレベルの炎魔法を扱える素質はあるのだ。とんでもない魔法使いになる可能性を秘めているのは間違いない。
「クロエよ、止めてよいかの?」
「うん、お願い――待って」
いつもなら、シラユキさんの身を案じてすぐにシャルに動いてもらう。
今回も失敗しているので、そうしてもらおうと思った。だけど、シラユキさんが炎の龍を制御しようとしているのが見えた。一瞬だけ、ほんの一瞬だけ渦巻いている炎が動きを止めたのだ。
しかし、無情にも炎はシラユキさんの制御を外れて暴走を始める。
「シャル、お願い」
「うむ」
シャルの元へ炎が集結し、シャルの魔法に相殺されてかき消された。
「シラユキさん、お怪我は」
「ないよ、大丈夫」
「よかった……。あの、今、一瞬だけでしたけど」
「あぁ、ボクも今までとは違う感覚があった」
少しだけ嬉しそうにシラユキさんが自分の手を見る。
魔法に関連したことで、シラユキさんがちょっとでも嬉しそうな表情をするのは初めてだった。
照れくさそうに笑みを浮かべながら、シラユキさんは言う。
「クロエとシャルロットのアドバイスの通りにしたからかな」
「一歩ずつかもしれないですけど、確実に前には進んでますよ!」
「だったら……嬉しいな」
もっと練習を繰り返してコツをつかんでもらいたいところだけど、焦りは禁物。
こと、シラユキさんに関しては特に慎重を心がけなくてはならない。どのくらい身体に負担がかかっているかわからないのだ。
それがシラユキさんの進み具合が遅い原因でもあった。
身体への負荷を考えると、一日に何度も魔法を使うことができないのである。故に、他の姉妹に後れを取っていた。
でも前には進んでいるから、ちょっとずつ進めばいい。
「明日もありますし、今日はこのくらいにしておきましょう」
「もう少ししたいところだけど、クロエがそう言うのならわかったよ」
肩を竦めて残念そうに言うシラユキさん。
「クロエ、シャルロット、いつもありがとね」
「かかっ、礼などいらぬわ」
快活に笑って、シャルは魔法書へ戻る。
私とシラユキさんもお屋敷へ帰ることにした。
「あ、そうだクロエ」
「はい?」
「少し前から思っていたんだけど」
庭からお屋敷へ帰る途中、シラユキさんがそんな風に切り出した。
「ファミリアの名前っていらないのかい?」
「ファミリアの名前……?」
「うん。ずっとただのファミリアなのかなって」
「……あぁぁぁぁっ!?」
シラユキさんに指摘されて、思わず大きな声を出してしまう。今は夜だということに気づいて、慌てて口をふさいだ。
「やば……忘れてた……」
「え……忘れてたって、もしかして」
「は、はい。そのもしかして……です」
新しい生活が始まって色々と考えることがあったし、シャルの紹介のこともあったから、すっかり忘れてしまっていた。
サンズさんにファミリアの名前を考えるのなら、早めに決めてほしいと言われていた。
ないのならなくても構わないとも言われたけど、せっかくなので名前を付けたいと思い、考える時間をもらったのである。
だけど。
それからすでに数日が経過している。
「ど、どうしましょう!? 私、何も考えてないです!」
「落ち着いてクロエ。期限はいつまでなんだい?」
「ふ、二日後までのはずです」
「二日後か……」
ふむ、とシラユキさんは考え込んで、
「それって、ボクたちも考えていいのかな?」
「もちろんです」
「それなら明日、アリエルたちにも話そう。みんなで話せばきっといい名前が思いつくはずさ」
「い、いいんですか!?」
「当たり前だよ。ボクたち五人でファミリアなんだから」
ウインクしてくれたシラユキさんを心強く思う。
五人いればきっと、良いファミリアの名前が出てくるだろう。
一度決めたら変えられない、なんて決まりはないけど素敵な名前にしたい。
「ありがとうございます!」
「ははっ、お礼なんていらないよ。それじゃ、また明日。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
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