93.魔法について シラユキの場合
私が四姉妹の呼び方を「様」から「さん」に改めさせられた夕飯のあと。
お風呂を済ませて、少し休んでから私は部屋を出た。
ロウソクに照らされている薄暗い廊下を歩いて、シラユキさんの部屋を目指す。
シラユキさんには、日中はアリエルさんと一緒に依頼へ向かってもらったので、帰って来てから個別にしようと約束をしていた。
時刻はまだ深い夜ではない。とはいえ、明日からも指導が続くことを考慮すれば、あまり長い時間指導をするのは控えるべきだろう。
というかシラユキさんも依頼へ行って疲れているはずなので、魔法の指導を受けられるのだろうか。
無理はしてほしくない。
明日以降でも構わないといえば、構わないのだ。
ま、やるやらないも含めて、シラユキさんのところへ行って聞くべきだろう。
シラユキさんの部屋の前にやって来たのでノックする。
「シラユキ様……さん」
うぅ……やっぱり慣れない。
様、と呼んでしまう癖がこの一か月の間で身に沁みついてしまっていた。
数秒して、扉が開かれる。
この時間帯は普段なら寝間着であることが多いけど、今日は普段着のままだった。
柔らかな笑みを浮かべて、私を歓迎してくれる。
「や、クロエ」
「シラユキ様」
「様……じゃないだろう?」
「あ」
「ふふっ、ゆっくり慣れていけばいいさ」
「すみません、シラユキ……さん」
私は頬を掻きながら仕切り直す。
「魔法の指導の約束をしていたので来たのですが、できそうですか?」
「ッ」
尋ねると、シラユキさんは何やらびっくりしたのか目を大きくさせた。
「本当にしてくれるのかい?」
「そりゃあ、はい。約束ですから」
「そうか……そうだよね……」
「シラユキさん?」
「あぁ、いや。君はそういう人だったね」
「え?」
首をかしげる私にシラユキさんは「なんでもないよ」と軽く否定した。
「うん、約束だからね。お願いするよ」
「体調は大丈夫ですか? 依頼へ行っているので」
「平気さ。お風呂にも入ったしご飯も食べた。それに――」
くすりと微笑んだシラユキさんの細い指が私の茶髪に触れる。
「こうしてボクのために先生が来てくれているんだ。断るわけないだろう?」
「し、シラユキさん……」
「ははっ、もしかして照れてる?」
「うぅ……やめてくださいよ」
「ごめんごめん」
シラユキさんの手が離れたので、私は咳払いをして話を戻す。
「そ、それでですね。さすがにお屋敷の中ではできないのでバルコニーでしようかなって思っているんですけど」
シラユキさんにもやってもらうことは、ジャスミンさんとベルさんと変わらない。
まずは身体を魔法に慣れさせることが優先である。
だから少量の魔力で小さな魔法しか使用する予定はない。だけど、シラユキさんは制御があまり得意ではないと言っていたし、そもそも屋内で魔法を使うのは危険だ。
いくら天井が高いお屋敷とはいえ、外で行うべきだろう。
「それで構いませんか?」
「いや、外にしたほうがいいんじゃないかな」
「外、というと庭ですか?」
「うん。ダメかな?」
「いえ、私は構いませんけど……」
「じゃあ、悪いけどそうしてくれるかな」
「わかりました」
もしかすると、いや、もしかしなくてもシラユキさんは万が一ということを考えているのだろう。
自分が制御するのが苦手だから、もしバルコニーで魔法を使ってお屋敷に当ててしまったら、と。
少しでも遠くて被害が出なさそうな庭を選んだのだ。
正直、そこまで心配しなくても大丈夫だとは思う。
けど念には念を入れたほうがいいかもだし、シラユキさんが自分から言ってくれたのだから、そうしよう。
ティナさんにロウソクを灯したランタンを数個借りて、私とシラユキさんは庭へと移動した。
「ではシラユキさん。さっそくですけど」
「あぁ、お願いするよ」
「今日は身体を魔法に慣れさせるために、これをしてもらいます」
昼間、ジャスミンさんとベルさんに見せたのと同じ、人差し指に小さな火を創り出す。
私の魔力が込められているので、普通のロウソクと同じくらいの大きさの火でも明るさは段違いである。
「この状態で一分間キープが最初の目標です」
「わかった。だけどクロエ」
「はい」
「前にも言ったように、ボクは魔法が苦手でね……」
「大丈夫です。このくらいなら制御を外れても大事にはならないと思いますし、万が一暴走しても私が止めますから」
「……それなら、やってみるよ」
「お願いします」
短く息を吐いて集中を始めたシラユキさんを観察する。
魔法を制御できないと言っても、人に寄って個人差がある。当たり前だ。
シラユキさんの魔法を見るのは初めてだから、それがどのくらいなのかも初めて見ることになる。シラユキさん自身はかなり気にしていたけど、言うほどではないんじゃないだろうか。
実際、シラユキさんはジャスミンさんやベルさんと同じように人差し指の上に小さな魔方陣を展開させていた。
ここまでは実にスムーズ。
制御できない人には見えない。
案外、シラユキさん本人が気にしているだけだったりして……なんて思っていた私だけど、次の瞬間にその考えは甘すぎたと思い知らされることになる。
シラユキさんが展開している魔方陣は小さい。
だけど、刹那。
その魔方陣の大きさからは考えられないほどの巨大な火柱が燃え盛った。シラユキさんの周りをとぐろを巻くように、まるで龍が天へ上るみたいに炎が渦巻く。
「な……!?」
あり得ない……。
一瞬、私は言葉を失ってしまった。
すぐにはっとして我に返る。この魔法を止めないと。シラユキさんがどうなるかわからない。
私はほぼ無意識に慌てて叫んでいた。
「シャル!」