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92.クロエと呼び方

「あ! じゃあさ、アタシとおんなじは?」

「ジャスミン様と同じですか?」

「そうそう!」


 姉妹の中で一番初めに何やら思いついたジャスミンさんが大きくうなずく。


「ユキちゃんのことはユキちゃん、アーちゃんのことはアーちゃんって呼ぶの!」

「え……」


 ジャスミンさんの提案は、ニックネームというかあだ名というか、いずれにしても関係性が深い間柄の人たちが使うような呼び名だった。

 そっか、そうだよね……。

 私は思い出す。

 あまり特別に意識はしていなかったけど、ジャスミンさんって妹のベルさんのことはベルと呼ぶのに対して、姉二人のことは個性的な呼び方をしていた。


 これを私にしろと……?

 いやいや。

 思わず首を横に振ってしまう。


「さすがにジャスミン様、それは……」

「え~! 一回ユキちゃんでもアーちゃんでも呼んでみたらいいじゃん」

「いやでも、馴れ馴れしいと言いますか……」

「やってもないのに否定しないでよ~」

「うぐっ」


 そう言われてしまってはあまり強く言い返せない。

 ジャスミンさんが言っているように、一回呼んでみたら案外しっくりくるかもしれない。

 ……いや、たぶんこないけど。


「わ、わかりました……」


 けど、このままではジャスミンさんが引いてくれなさそうだ。

 ため息混じりにうなずいた。

 隣にいるシラユキさんに顔を向ける。


「ん、ボクかい?」


 ふふっと楽し気に微笑みを浮かべるシラユキさん。

 

 余裕そうなシラユキさんとは裏腹に、私の心中は穏やかではない。めちゃくちゃ緊張してしまっていた。

 改まって名前を呼ぶと思うと、なんだかよくわからないけど無性に恥ずかしいというか、照れる……。 

 口の中は乾いて、手には変な汗をかいてしまっていた。

 ダメダメ! 変に意識をするな私! ただ名前を呼ぶだけ……ただ名前を呼ぶだけ……。


 ゆっくりとシラユキさんの瞳を見て、名前を紡ぐ。


「えっと、ゆ……ユキちゃん……?」


 うぅ……名前を呼んだだけなのになぜか恥ずかしい。


「…………」

「…………」


 しかも、なぜかシラユキさんまで黙ってしまい、私とシラユキさんの間に居心地の悪い沈黙が流れる。

 えぇ、なんでシラユキさん何も言ってくれないの……?

 何か反応してほしいと思って、シラユキさんをちらと見る。私と目が合ったシラユキさんは、少し朱に染まっている頬を掻きながらはにかんだ。


「あはは、なんだか照れてしまうね」

「そ、そうですね……」


 シラユキさんにつられて、私の頬も熱を帯びてしまった。

 や、やっぱりダメだ。

 私と四姉妹は先生と生徒だし、雇われている身と雇い主のお嬢様。そこははっきりさせておいた方がいいと思う。


「ジャスミン様、すみませんが他の呼び方にしてもらっても」

「そうだね。ジャスミン、悪いけどそうしてもらってもいいかな?」

「えー」

「ほらジャスミン様? この呼び方だと、ジャスミン様とベル様の呼び方がわからないですし」


 ジャスミンさんが独特な呼び方をしているのはあくまでも姉二人だけ。

 残りの二人の呼び方が曖昧なままになってしまう。

 私が言うと、ジャスミンさんは「そっかぁ」と納得してくれた。


「あ、クロエ……」

「はい、ベル様」


 次の思いついたのはベル様らしい。

 

「メリダちゃんみたいに……『ちゃん』で呼ぶのは、ダメ、かな……?」

「なるほど……」


 たしかにそれなら、ユキちゃんやアーちゃんよりは難易度が低そうだ。

 何よりもメリダが呼んでいるから、私も自然と呼べそう。

 街の人たちも近所の子を女の子なら「ちゃん」、男の子なら「くん」で呼んでるし、普通かも。


「ベルちゃん」

「う、うん……っ」

「悪くないかもですね」

「でしょ?」


 と思ったのも束の間。


「ジャスミンちゃん」

「はーい!」

「あ、アリエルちゃん……?」

「……おう」

「シラユキ、ちゃん?」

「うん」


 私とシラユキさんが同時に首をかしげる。

 なんというか、違和感があったのだ。


「な、なんか違う感じがしましたね……」

「そうだね。ボクもそう思うよ……」


 それはおそらく、シラユキさんが年上だから。

 そして、「ちゃん」よりも「さん」と呼ばれていそうな綺麗な容姿をしているからだと思う。

 年上を「ちゃん」で呼んではいけないなんてルールはないけど、あまり聞いたことがないから変な感じである。

 呼ばれたシラユキさんも同意見だし、同い年のアリエルさんも少しギリギリな感じではあった。


「あ、そうだクロエ」

「はい?」

「それなら、ボクのことはお姉ちゃんと呼ぶのはどうかな?」

「え……いやいや!? それはもっと違うんじゃ!?」

「……そうだね、ボクも自分で言いながらそう思ったよ……忘れてほしい」


 というわけで、再び振り出しである。

 その後も決定打が出ることはなく、夕飯を食べながら様々な意見が出されては否定され手を繰り返した。

 もう以前と同じ「様」でいいんじゃないかなと私が思い始めた時、アリエルさんが口を開いた。


「お前はどう呼びたいんだよ」

「私ですか?」

「あぁ。馴れ馴れしいだの違和感があるだの、このままじゃ決まんねぇだろ。お前は何ならいいんだよ」

「……さん、とか?」

「なら、それでいいじゃねぇか」


 アリエルさんに言われ、他の三人に確認を取る。


「もう少し距離を縮めたかったけど、アタシはいいよ! アーちゃんが言ってくれたんだし!」

「ベルも……うん。それでいいよ……?」

「そうだね。とりあえずはそれでいいんじゃないかな」


 ということで、アリエルさんの鶴の一声で「さん」に決定した。

 これなら距離感を考えてもばっちりだと思うし、『様』に近いと思うから変に意識することもない。

 途中、お姉ちゃんと呼ぶなんて言う迷走を繰り広げたけど、ここに落ち着いてよかった……。


「シラユキさん、アリエルさん、ジャスミンさん、ベルさん。明日からもよろしくお願いします!」 

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