88.依頼組の帰還
ベルさんの質問に答えたり、ベルさんが真剣に読み進んでいるときは私は私で魔法書を読んで時間が過ぎていく。
気が付くと、窓の外では日が傾いてきていた。
青く爽やかだった空がオレンジ色に染まりつつある。
両隣を見ると、ジャスミンさんは相変わらず心地よさそうに幸せそうな顔をして寝息を立て、ベルさんは集中した様子で魔法書を読んでいた。
魔法を使うときにも集中力を使ったはずだけど、読書家のベルさんにとってはその二つは違う集中力なのかもしれない。
そろそろ魔法書の指導もおしまいかな。
ベルさんにそう言って、ジャスミンさんを起こそうかなと思っていると玄関から「ただいまー」という声が聞こえてきた。
どうやら王都周辺で依頼をこなしていたシラユキさんとアリエルさんが戻ってきたらしい。
足音がこちらへと向かって来る。
やがて、シラユキさんが顔を覗かせた。
「クロエ、ただいま。戻って来たよ」
「おかえりなさい。シラユキ様」
にこりと柔らかな笑みを浮かべて挨拶してくれるシラユキさん。
……あれ?
シラユキさんはダイニングへとやって来たのに、いつまでたってもアリエルさんが顔を見せないので首を捻る。
一緒に帰ってきていると思うんだけど……。
「あの、シラユキ様」
「ん、なにかな?」
「アリエル様は」
「あぁ……自分の部屋に行ったんじゃないかな」
「そう、ですか」
帰ってきたのは間違いないようなので、とりあえずは一安心。
シラユキさんが帰ってきたことに気づいて、ベルさんが本から顔を上げる。
「あ、シラユキ姉様、。お帰りなさい」
「あぁ、ただいま。ベル」
シラユキさんがダイニングを見て、首をかしげる。
「ところでクロエ。これは何をしていたんだい?」
「あ、えっとですね」
魔法書を読んでいた私。同じく集中して魔法書を読んでいたベルさん。
しかしジャスミンさんは私たちの隣で、今なおぐっすりと眠っていた。
たしかにこの状況はパッと見ただけでは理解できないかもしれない。
「魔法書についてしていたんですけど、ジャスミン様は寝てしまわれて」
「なるほどね」
長女であるシラユキさんには簡単に想像することができたのだろう。
苦笑を浮かべつつも、納得した様子だった。
続いて、私がシラユキさんに尋ねる。
「シラユキ様のほうはいかがでしたか?」
「ボク? うーん……見ての通り、かな」
肩を竦めるシラユキさん。
その服は土や砂埃で汚れていて、ほっぺたも薄く汚れがついていた。
弱々しく自嘲するように笑いながら、シラユキさんが言う。
「それにしても、アリエルはすごいね。わかってはいたけど、差を痛感したよ」
「アリエル様はずっと剣の稽古を積んで、それ以前も依頼をこなしていましたから。シラユキ様はこれからですよ」
「はは、そうだね。ありがとう」
「怪我とかは……」
「ないよ。心配してくれなくても平気さ」
「それなら、よかったです」
アリエルさんが一緒で王都周辺の簡単な依頼とはいえ、シラユキさんにとっては久しぶりの実戦だ。
私はまったく見ることができなかったので、心のどこかでは心配をしていた。
何事もなく依頼をこなしてくれたみたいなので、安堵である。
「それじゃ、ボクはお風呂に行ってくるよ」
「あ、そうですね。引き留めてすみません」
「いいや、気にしなくていいよ。あ、そうだ」
「?」
「クロエも一緒に入るかい? お風呂。洗いっこでも」
「え、いや、その……」
「あはは、冗談さ。また後でね」
手のひらをひらりと振って、シラユキさんはダイニングをあとにした。
シラユキさんが楽しそうで何よりだけど、からかわれた私の頬はほんのり熱い。
それを冷ましたり誤魔化すため……というわけではないけど、ちいさく息を吐きながら立ち上がる。
「ベル様」
「う、うん?」
「私はアリエル様のところに行ってきますので、ジャスミン様のことを起こしておいてもらっていいですか?」
「わかった」
「お願いします」
長女と次女が帰って来たというのに、未だぐっすり眠っているジャスミンさんのことをベルさんに任せてダイニングを出る。
廊下を歩いて、アリエルさんの部屋の前へとやって来た。
ここでドアの引っ張り合いをしたなぁ、と思い出しながらノックする。
「アリエル様、少しいいですか?」
「あぁん? んだよ」
「今日のことを聞いておきたくて」
ドアが開いて、アリエルさんが顔を出してくれた。
シラユキさんとは違って、日常的に依頼をこなしていたアリエルさんの顔には疲労の色は垣間見えない。むしろ、最近の中では簡単な依頼だったので、物足りなさを感じているくらいかもしれない。
「お疲れ様です」
「別に疲れてねぇよ」
「あはは、そうですか」
「で、なんだよ?」
「今日のシラユキ様のことを聞きたくて」
「シラユキ?」
アリエルさんが眉をひそめる。
「はい」