86.魔法について ベルの場合
「べ、ベルの魔法……」
私に名前を呼ばれて、ベルさんがごくりとつばを飲み込んだのが淡かった。
姉であるジャスミンさんが自信満々だったにも関わらず、小さな炎を保つことさえままならなかった。それを見ていたから、少し身が竦んでしまっているのかもしれない。
できる限り優しい声音になるよう努めて、ベルさんに言う。
「大丈夫ですよ、ベル様。最初ですし、失敗は誰にでもありますから」
「う、うん……」
「ベル様はどのような魔法を使いたいとかって、ありますか?」
「え、うーん……」
少しの間考えて、ベルさんは答える。
上目遣いで、まるで私の顔色を窺うように口を開いた。
「べ、ベルも同じので、いい……?」
「同じと言うと火の魔法ですね?」
「うん……ダメ、かな?」
「いえ、全然そんなことはありません」
「よかった……」
ほっと安堵の表情を浮かべるベルさん。
自信なさげだった顔に、ちょっとだけ照れの混じった笑みが戻る。
道の端っこに咲いている小さなお花のようで、可愛らしい仕草と表情に思わず私も頬を緩めてしまった。
ベルさん本人はきっと無意識だけど、末っ子特有といえばいいのか、ベルさんを見ていると守ってあげたくなるような愛しさが込み上げてくるときがある。
私が引っ張ってあげないと、と自覚させられる。
もしも私に妹がいたら、ベルさんみたいな感じだろうか。
「ジャスミン様にも言いましたが、しばらくは身体を魔法に慣れさせる練習をするので、特にどのような魔法でも変わりません」
現時点での指導で大切なのは、あくまでも「魔法を使う」ということ自体にある。
何を使うか、どう使うかはまだ考える段階ではない。
だけど四人がある程度魔法を使えるようになったら、自分の好きな魔法や興味のある魔法を選んでほしい。
ジャスミンさんは私のようになりたい、カッコい魔法を使いたいと言ってくれていたので、今後も火の魔法が中心となると思う。
ベルさんはどうだろうか。
もしも、ジャスミンさんが火の魔法を選択したから、私の指導を楽にしようと思って同じ火の魔法を選んだのかも。ベルさんは気を遣える子だと思う。
今の段階ではなんでもいいから火でやるとしても、将来的には強制ではないということを一応伝えておこう。
「身体が慣れるまでは火の魔法を使うにしても、そのあとベル様が使いたい魔法が見つかれば、そちらを優先してくださって構いませんからね」
「クロエは……ベルに変えてほしい……の?」
「いえ、そういう訳ではないですが」
強制するものでもない。
空気を呼んだりするのも大切かもしれないけど、自分の気持ちを何よりも一番大切にしてほしい。
もちろん、そう上手くいかない場合もあるのだけど。
「魔法は自由なものですから。……そのうえで火を選んでくれたら嬉しいですけど」
「……わかった」
「では、ベル様。ジャスミン様と同じように指先で魔法を使ってみてもらってもいいですか?」
「う、うん……っ」
こくりとうなずいて、ベルさんは小さく息を吐いた。
緊張した面持ちで指先を見つめて、集中力を高めていく。
「…………」
少ししてベルさんの右手人差し指の先に、小さな魔方陣が展開された。
そこから可愛らしい蝋燭に灯っているような火が灯る。
さすがは姉妹。
ジャスミンさんと同じく、ベルさんもこれは余裕でクリアした。
「ベル様。そのまま一分間キープしてみてください」
「わ、わかった……」
じっと指先の火を見つめたまま、ベルさんが答える。
ベルさんは難なくできそうだな、と思っていると背後からジャスミンさんの叫び声が聞こえてきた。
「ぎゃああああ!? クロエ!?」
「ジャスミン様!?」
振り返ると、ジャスミンさんの右手から2メートルほどの火柱が。
しかし、私が止めようと魔法を放とうとした瞬間に炎は消え去った。どうやら瞬間的に魔力が膨張してしまったらしい。
「べ、ベル様はそのまま続けててください」
「う、うん……」
見た感じ怪我はなさそうだけど、ジャスミンさんのところへ駆けつける。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん……なんとか……」
あはは……と笑うジャスミンさん。
どうやら無事なようで、ほっとため息が出る。
「何もなかったのならよかったです」
「いや~、ごめんね」
「最初ですから仕方ないです。とにかく焦らずにいきましょう」
「うん、邪魔してごめん。ベルのところに戻ってあげて」
「気を付けてくださいよ?」
「わかってるって!」
ちょっと心配だけどベルさんを放置するわけにもいかないので戻ることにする。
ベルさんは変わらず人差し指に火を灯して集中していた。
「ベル様」
「な、なに……?」
「中指にもできますか?」
「え……や、やってみる……」
すぐにベルさんは中指の先にも魔方陣を創り、二つ目の火を生み出した。
どうやらベルさんは細かな制御が得意らしい。反対にジャスミンさんは少し苦手みたいだ。
もちろん、派手な魔法のときも同じようになるとは限らないけど、性格的なものもあるのかこの時点ではベルさんのほうが上手に魔法を使えていた。
「ベル様すごいです!」
「え、そ、そうかな……」
「はい!」
「あっ」
私に褒められて動揺してしまったのか、ベルさんの指先から二つとも火が消えてしまった。
それを見て、ベルさんは肩を落とす。
「うぅ……」
「ベル様。落ち込むことはないですよ」
「そ、そう?」
「はい。いくつまで増やせれるか、やってもらってもいいですか?」
「うん……っ」
すぐさま取り掛かるベルさん。
結果、ベルさんは三つまでなら同時に火を生み出して、しばらくキープすることができた。
しかも近くでジャスミンさんが度々叫び声を上げるという環境の中で集中しているので、普通よりもすごいと思う。
とはいえ、さすがに久しぶりに使用した魔法で、私が何度か注文をしながらの使用となったので、ベルさんの顔に疲労の色が見え始めた。
最初なのに無茶させすぎたかもしれない。
「ベル様、休憩しましょう」
「え、でも」
「最初ですから。無理せずにゆっくりいきましょう? 時間はまだまだありますし」
「う、うん……」
一人で繰り返し練習しているジャスミンさんにも声をかける。
「ジャスミン様、少し休みましょう」
「え、アタシはまだまだいけるよー!」
「いえ、最初ですから無理は禁物です」
「うーん、まぁ、クロエが言うなら」
渋々納得してくれて、私たちは一旦休憩をとることにした。
アドレナリンが出ているから気づいていないかもしれないけど、確実に二人とも疲れていると思う。
明日からも指導はあるのだから、焦る必要はない。
こうして、休みを程度に挟みつつ、この後も私たちは初めての魔法の練習を行った。




