85.魔法について ジャスミンの場合
「では、私がまずお手本を見せますね」
ジャスミンさんとベルさんが私を注視してくれているのを確認して、私は右手の指先に魔力を集める。
人差し指の先に小さな魔方陣が展開されて、ポッと可愛らしい小振りな火が出現した。ロウソクに灯っている火よりちょっとだけ大きいくらいの、本当に小さな灯である。
「お、おぉ~~?」
「…………か、可愛い……かも?」
その火を見たジャスミンさんとベルさんは反応に困ったみたいに感想を漏らした。
カタリナさんと対戦した時の魔法と比べると天と地の差。小さくて可愛いかもしれないけど、派手さは皆無。
二人の反応はもっともだと思う。
とはいえ、ジャスミンさんは久しぶりの魔法の使用となる。
普段から魔法を使っている人なら容易いことでも、今のジャスミンさんには難しいと思う。
指先に魔力を集中させて魔法に変換、そして火の形を保ったまま少しの間継続させる。リハビリや初歩の初歩の練習考えたら十分だろう。
「ジャスミン様、お願いします」
「え、ほんとにそんなのでいいの?」
「はい。最初ですから」
「ふーん」
ジャスミンさんはどことなく不満げだった。
「ま、クロエが言うのならするけど。正直、楽勝だと思うなぁ~」
「そのときはそのときで別のことを考えてますから」
「カッコいい魔法、教えてくれる?」
「いいですよ」
「やった! 約束だからね!」
「はい」
「よーし! やるぞ!」
大きくうなずいて、ジャスミンさんが指先に魔力を集め始める。
「さすがにこのくらいは簡単だもんね~!」
余裕たっぷりな表情で言って、ジャスミンさんは魔方陣を展開させた。
過去にある程度魔法の指導を受けていること、そして才能を受け継いでいることも相まって、ここまでは比較的スムーズに行われている。
ジャスミンさんの人差し指の先から、私がさっき見せたものと同じような小さな火が現れた。
「見て見てクロエ! やっぱりこのくらいはできるって! だから――」
と、ジャスミンさんが自身の指先から目を離して私に話しかけた瞬間。
指の先で小さく揺らめいていた火がボッ! と顔くらいの大きさに膨れ上がった。
「おわぁぁぁ!?」
ジャスミンさんが驚きのあまり過剰に反応したこともあり、制御を外れた炎がジャスミンさんの顔を掠める。
「く、クロエ!?」
「落ち着いて消してください!」
「う、うん!」
私の言葉を聞いて、ジャスミンさんは手を振って炎を消し去った。
なんとか大事には至らなかったものの、ジャスミンさんの額には脂汗を浮かんでいる。
「あ、危なかった……」
「ほら、これでわかりましたかジャスミン様」
「う……」
魔法を使う前に楽勝だと大口をたたいていたので、ジャスミンさんはばつが悪そうに言葉を詰まらせた。
私と目が合うと気まずそうに逸らして、やがて頭を素直に下げた。
「ごめんなさい……」
「いえ、わかっていただけたのでしたら。頭を上げてください」
「うん。ごめんね」
「無事で何よりです。ちょっとだけ胆が冷えました」
「あはは……」
お屋敷に燃え移ったり、ジャスミンさん本人、見守っていたベルさんに当たったりしなくて良かったと思う。
「原因はわかってますね?」
「うん。クロエに話しかけたから……」
「その通りです」
今回、ジャスミンさんの魔法の制御が上手くいかなかった理由は集中が乱れたから。そしてそれは、簡単に言えば調子に乗ったから引き起ったのである。
まぁ、本人も反省しているみたいだから、あまり責めすぎるのもよくないか。
「軽く事故にはなりましたが、それまではスムーズにできていたので、そこは素直に胸を張ってください」
「ほ、ほんと!?」
「はい。ブランクがあるなかで魔法を使って、ほぼ思い通りにできていましたから」
一度私がお手本を見せたとはいえ、イメージもばっちりで、少量ではあるものの効率よく魔力を必要なだけ魔法へ変換して、魔法を使えていた。
細かいところはこれからだけど、単純に魔法を使うという点においては、身に沁みついている部分があるのだろう。
「しつこいですけど、あれは過去の感覚やセンスで何とかなっただけですから。これから少しずつ身体を魔法に慣れさせていかなければいけません」
「がんばる!」
「とりあえずジャスミン様はそうですね……」
これからの方針を考える。
「まずは指先に火を出して一分間キープを目指しましょう」
「わかった」
「そのあと、少しずつ魔法の威力を高めていって、手のひらに炎を出現させて五分間キープ。ひとまずはここまでを目標にしましょうか」
とりあえず、このくらいできるようになれば、魔法を放つ、撃つ練習に移って大丈夫だろう。
どのくらい時間がかかるかわからないけど、ジャスミンさんなら遅くても一か月以内。早ければ一週間……いや、三日くらいでいけるかも……。
「手のひらで五分……」
「はい。できるようになれば、魔法を実際に放つ練習をしますから、がんばりましょう」
「うん! あ、じゃあさ、そこで練習してていい?」
ジャスミンさんが少し離れたところを指差して言う。
お屋敷からも離れているので、少々の暴走では火災になることはないだろう。
「構いませんよ」
「やった!」
「あ、でも危ないと思ったらすぐやめてください」
「うんうん、わかってるよ」
「……もしも、どうにもならないと思ったら私の名前を叫んでください。なんとかします」
「うん、ありがと!」
たたっとジャスミンさんは小走りで、個人の練習へ向かった。
「ではベル様」
「う、うん……」
「次はベル様の魔法を見せていただきます」
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