84.三女と四女
「では、ジャスミン様から魔法を見せていただいてもいいですか?」
「あ、アタシ!?」
名前を呼ばれたことに驚くジャスミンさん。
少し前までは、自分が先に魔法を使ってみる! と元気よく言っていたのに様子が一変していた。
どうやら強い魔法をいきなり使うと身体がバラバラになるという嘘が効いているらしい。
「大丈夫ですよ、ジャスミン様」
「ほんと……? バラバラにならない?」
「落ち着いて行えば大丈夫です。 それに、そうならないために今日から練習するんですよ?」
「そ、そっか……そうだね」
「そうです。お姉さんなんですから、がんばりましょう」
「お、お姉さん……?」
「はい」
ここにいるのはジャスミンさんとベルさん。
いつもならジャスミンさんは三女という立場かもしれないけど、ベルさんと二人のこの場ではジャスミンさんがお姉さんだろう。
ジャスミンさんが驚いた表情を見せたので、首をかしげる。
「どうかしましたか?」
「あ、いや!」
ジャスミンさんは誤魔化すように胸の前で手を振った。
それから俯いて、もじもじとつぶやく。
「ほら、アタシって三番目だからお姉さんなんて言われたことなくて」
「あぁ、たしかに。そうかもしれないですね」
シラユキさんが妹のように甘えることに慣れていないのと同じように、三女のジャスミンさんは姉として振舞うことに慣れていないらしい。
シラユキさんとアリエルさん。二人の姉を見ていれば、自分が姉として振舞う必要なんてないと思うのは当然かもしれない。
「ですけど、ベル様からすれば、ジャスミン様もちゃんとお姉さんですよ」
私とジャスミンさんのやり取りを聞いていたベルさんに話を振る。
「ね、ベル様?」
「う、うんっ」
ベルさんは即答でうなずいた。
そして拳をきゅっと握って、ジャスミンさんに言う。
「ジャスミン姉様……がんばって……っ」
「ベル……」
妹に応援されては、姉としてはがんばるしかないだろう。
覚悟を決めたように一度息を吐いて、一歩進み出た。
「わかった。クロエ、お願いします!」
「はい。魔法を使う前に質問ですけど、ジャスミン様はどのような魔法が得意ですか?」
「得意、得意かぁ……得意……?」
「えっと、わからなければ、以前はどのような魔法を主に指導されていた、とかでも」
私が使うのは主に火の魔法だけど、ジャスミンさんとベルさんもそうだとは限らない。
向き不向きというものが存在するのである。
もしも氷系統の魔法だったら、教えられなくもないけど、あとあと苦労しそうだ。たぶん、誰か代わりの先生を頼むことになるかもしれない。
ジャスミンさんは「うーん……」と悩んで、ベルさんに問う。
「ねぇ、ベル。アタシたち、そういうのあったっけ?」
「えと、ベルは、姉様たちよりちょっとしか使ったことない、けど」
「うんうん」
「特に偏っては……なかった、と思う……よ?」
「だってさ!」
なぜかジャスミンさんが自分が言ったかのように胸を張って私に答える。
「なるほど……」
つまり、ヴァレル家では一つに絞っての指導は行われていなかったらしい。
私で言うところの火魔法のような、身体に合った魔法、使いやすい魔法、使いたい魔法、好きな魔法。それらを探すのも、私の指導という訳か。
私もお手伝いしつつ、四姉妹がそれぞれ自分たちで考えて事項して悩んで、最終的に「これ」というものに出会ってくれたらいい。
今日のところは、軽く魔法を使ってみるだけの予定なので、どの魔法でもいいだろう。
というより、偏らずに教えていたということは、基礎的な魔法ならどれでも使えるということなのではないだろうか。
普通は相性が悪ければ、その属性の魔法は一切合切使えなかったりする。例えば私は、このお屋敷を消し炭にすることは簡単にできる。けれど氷魔法との相性が悪いので、同じくらいの魔力や集中力を使ってもコップ一杯分の氷を創れるか微妙なレベルである。
……この辺りでも、四姉妹のセンスを垣間見た気がした。
「……ジャスミン様が使いたい魔法はありますか?」
「火!」
即答して、ジャスミンさんは続ける。
「アタシね、クロエみたいな魔法が使いたい!」
「私みたいな……?」
「うん! カタリナとの試合を見てて、すっごくカッコいいって、そう思ったの」
「あ、ありがとうございます……」
キラキラとした瞳で見つめられて、私は照れ隠しに頬を掻いた。
こうして真正面から私にようになりたいと言われたのは初めてだったので、嬉しさと驚きと恥ずかしさが込み上げる。
けれど、やっぱり一番大きいのは嬉しさだった。
この期待に応えられるように、見損なわれないように指導をしなければ。
いい意味でのプレッシャーを感じるぞ。
「えっと、まずはお手本を見せますね」