83.魔法について
「それじゃあ、今から魔法の指導を始めますね!」
お昼ご飯を食べてから少しして。
私はジャスミンさんとベルさんと、午前と同じくお屋敷の庭に来ていた。
まだ最初だし、二人だし、このお屋敷のお庭の広さがあれば問題ないだろう。
もし、思いっきり魔法を放つ――それこそ私とカタリナさんが戦ったときくらい――のなら、もっと広い場所を借りたほうがいいと思う。もしもお屋敷に魔法が命中してしまったらひとたまりもない。
とりあえず今日のところは、お屋敷に当たらないように気をつけながら行うことにした。
「うん! よろしくね、クロエッ!」
「べ、ベル、がんばる……っ」
二人ともやる気は十分みたいだ。
私をじっと見つめて「何をするのか」と待ってくれている様子は、本当の生徒(いや、実際に生徒なんだけど)のよう。やっと先生らしいことができるという嬉しさと、ちょっぴり恥ずかしさも込み上げてきた。
「えっと、まずはお二人とも知っているとは思いますけど、一応魔法について説明をしておきます」
「はーい!」
「う、うん……」
素直に耳を澄ませてくれるジャスミンさんとベルさん。
これだよこれ。先生って言うのはこうじゃないと。
ここまでたどり着くのに時間がかかったなと思う。魔法を教えるはずが、なぜかカタリナさんと戦う羽目になるなんて……。やっぱりおかしいよ。
「魔法とは、保有している魔力を想像力で変換して現象を創造する、いわば奇跡の力です」
この世界で魔法を使える人は多くはない。
そもそも、魔力というのは遺伝による部分が大きい。保有している魔力が多い両親から生まれればその子供も持って生まれる魔力は多くなる。もちろん、親を越える膨大な魔力を持ち合わせていることもあれば、魔力を持った両親の子でも全く魔力を持たずに生まれることだって可能性としてはある。
だけど逆に、魔力を持たない両親から生まれた子供が魔力を持っているということは、ありえない。
その点で言えば、四姉妹は当たり前とはいえ十二分以上に両親の魔力を受け継いでいると思う。
そして魔法のやっかいなのは、魔力があっても魔法を使えるとは限らない点だ。
保有魔力が多くても、変換する力や制御する力は別に必要となる。
こちらは単純な魔力の保有とは違って、練習の積み重ねや一つコツを掴めば上手くいくことも多い。
ただ、有している魔力が大きければ大きい程、魔力から魔法に変換する負担や労力、制御する能力が必要となるのは言わずもがな。
シラユキさんが上手く魔法を扱えないというのは、この点だろう。
膨大すぎる魔力は危険が伴うので、時に魔力を全くもっていない者よりも厄介で、遠ざけられる場合もあった。
使用者が制御できない魔法ほど怖いものはない。
魔力があろうが魔法を使えなければ意味はないのである。
「——という感じです」
魔法についての説明はこんなものだ。
私の話ばかりでは退屈だと思うから、さっそく実技に移ろうと思う。
やはり、実際に使ってみてなんぼだ。想像力が大切とはいえ、自分で魔法を使ってみなければわからないこともたくさんあるのだ。
「それでは実際に魔法を使おうと思います」
「はいはいはーい! アタシ! アタシがやる!」
元気に手を上げたのはジャスミンさん。
張り切ってもらえてうれしいけど、まだ話は終わっていない。
二人はきっと久しぶりの魔法の行使になるから、注意事項をしっかりしておかないと。
「ではジャスミン様から見せてもらおうと思います」
「うん、見てて!」
「ですが、注意があります」
「ちゅーい?」
ジャスミンさんが可愛らしく首をかしげる。
ベルさんも隣で同じような反応を見せて、さすが姉妹だなと笑みを零してしまった。
「お二人とも久しぶりだと思うので、使う魔力は少しにしてください」
「なんで? 全力のほうがクロエもアタシたちのことわかるんじゃない?」
「それはそうなんですけど……」
やっぱりジャスミンさんは始めから全力を見せようとしていたみたいだ。
気持ちはありがたいけど、注意しておいてよかったなと思う。
なんでー? と言うジャスミンさんに対して、ベルさんは疑問には思っていない様子。小さく唇が動いて「そっか」と何か納得したように見えた。
「ベル様はおわかりみたいですね?」
「へ……っ!?」
急に名前を呼ばれて、ベルさんは肩をビクッとさせた。
「どうして全力で魔法を使ってはいけないのか、です」
「え、えっと……たぶんだけど……」
「はい」
「ベルたち、最近魔法を使ってない……から、その、急に使うと、危ない……?」
ベルさんは自信なさげに上目遣いで私を見る。
「正解です」
「よ、よかった……」
私がうなずくと、ベルさんはほっとして胸を撫で下ろしていた。
「お二人とも……というかシラユキ様とアリエル様もですけど、以前は使っていたとしても、いきなり大きな魔法を使おうとするのは危険です」
今日から体力づくりのためにランニングをしようという人が、街中を10分走るのではなく、初日から隣街まで行こうとするようなものだ。
絶対無理。
無理ではなくとも明日は間違いなく筋肉痛である。そして嫌になって、ランニングは一日で止めることになるだろう。
「少しずつ、まずは小さな魔法を制御することを第一に考えて、身体を慣れさせていきましょう」
「なるほどね!」
ジャスミンさんも納得してくれたみたいだ。
けど、ちょっと心配なので少しおどかすことにした。
「ほんと気を付けてくださいよ。身体がバラバラになりますから」
「バラバラになるの!?」
「はい」
嘘である。
そんなことは、ほとんどおこらない。
バラバラになるほどの負担は、身体が無意識のうちにセーブするのだ。人の身体はそう言う風にできている。
仮に可能だったとしても、身体の限界を超えて魔力を引き出して魔法に変換するのは、魔法を極めた人だけだろう。
私は無理だし、そんな人いるのか微妙だ。
……たぶん、シャルは妖精だからできる……と思う。
まぁ、それをされたら私までバラバラ事件なので絶対に嫌だけど。
ジャスミンさんとベルさんは私の言った嘘を信じているらしい。
ジャスミンさんは「はわわ……」と顔を青くさせ、ベルさんは無言でカタカタと震えていた。
「あ、アタシ、絶対にクロエの言う通りにする!」
「べ、ベルも……」
冗談って言おうかと思ったけど、なんだか効果がありそうなので、このままにしておくことにした。