82.ジャスミンと心配
「それじゃあクロエ、ボクたちは行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃいです。シラユキ様」
「うん、いってきます」
お昼ご飯を食べた後。
午後からは魔法の指導となっているので、アリエルさんとシラユキさんは別行動となっている。
その二人が王都周辺での依頼へ出発するのを見送る。
「アリエル様も、いってらっしゃいです。お気をつけて」
「はいはい」
見送りに来た私を歓迎してくれていたシラユキさんとは反対に、アリエルさんはとても煩わしそうだった。
まぁ、無視をされないだけ最初の頃と比べたら進歩していると言えるかもしれないけど。
適当に返事をしたアリエルさんにシラユキさんが注意する。
「こらアリエル。ちゃんとあいさつしないか」
「はぁ? うるせぇな、別にオレの勝手だろ」
舌打ち混じりに行って、アリエルさんはお屋敷を出ていってしまった。
それを見て、シラユキさんが慌てた様子で呼び止める。なお、アリエルさんは止まらない。
「あ、こら! アリエル!」
「シラユキ様、気にされなくていいですよ」
いつものことである。
私が言うと、シラユキさんは苦笑を浮かべて、
「うーん、ごめんねクロエ」
「いえいえ。それより、シラユキ様も追いかけていったほうが」
「あ、そうだね。暮れごろには戻るよ」
「はい。がんばってください」
にこっと微笑んで、シラユキさんはアリエルさんを追いかけて出発した。
扉が閉まり、ジャスミンさんとベルさんの待っているダイニングへ戻ろうかと思っていると、
「どわぁ!?」
背後から身体に衝撃が。
すぐに後ろから抱きつかれたのだと理解する。
「じゃ、ジャスミン様」
「ねぇ、クロエ」
ジャスミンさんに顔を向けると、私とピッタリくっついているせいで距離が近い。文字通り、ジャスミンさんの顔が目と鼻の先にあった。
こうして見ると、やっぱり四人とも顔の造形が似ているなと改めて認識する。
でも四人の中で一番目がパッチリしているのはジャスミンさんかもしれない。
「ユキちゃんとアーちゃん、もう行っちゃった!?」
「はい、先ほど」
「そっか~」
残念そうな表情をするジャスミンさん。
「あの、何かありました?」
「あ、ううん! お見送りしたかっただけ」
「そうでしたか。でも、夕方には戻ってきますから夕飯はまた一緒に食べられますよ」
「そっか、そうだね!」
「ジャスミン様、お昼ご飯は食べ終わりましたか?」
ジャスミンさんはたくさん食べるので、食事に時間がかかる。
ベルさんはジャスミンさんほどではないけど、よく寝た反動なのか思いの外、量を食べる。それでいて一口がすごく小さいので可愛らしいけど時間がかかる。
その結果、二人はシラユキさんとアリエルさんのお見送りに間に合わなかったのだ。
「うん! ベルもあとちょっとだったと思うよ! わかんないけど!」
なはは、とジャスミンさんは元気よく笑う。
満腹の状態で運動をすると気分が悪くなったり、お腹が痛くなったりすけど、それは魔法も同じだ。魔力を魔法に変換するのに負荷がかかるのである。
四姉妹は魔法のセンスがあるとはいえ、真面目に行使するのは久しぶりになると思う。
食べ終わってすぐ使うのは止めておいた方がいいだろう。
「では、一旦ダイニングに戻りましょうか」
「うん!」
「それから少し休んで、魔法の指導と行きましょう」
魔法、という単語に反応したのか、ジャスミンさんがぎゅっと拳を握った。
ファミリアを創るきっかけで、姉妹に迷惑をかけてしまったという自責の念があるのか、ジャスミンさん四姉妹の中で最もやる気があるように見える。
それは良いことだと思う。
やる気がなくて逃げ回っていた頃と比べれば、私も手がかからないし嬉しい。
でも。
……無理をしすぎなきゃいいけど。
ジャスミンさんは自分の失敗を取り返そうとしているんだと思う。
だけど他の人のために自分をすり減らしてしまうのは、見ていて苦しい。そうならないように私が気をつけなければ。
「クロエ! 私、がんばるね!」
「……はい。期待しています」
笑顔ではきはきと告げてくれたジャスミンさんに、私は内心心配をしつつも、笑みを返した。