81.午後からは
午前中の指導は以前までと同じくアリエルさん、そしてシラユキさんとジャスミンさんを加えた三人で滞りなく終わった。
アリエルさんは出会ったときから日々成長していると思う。
今回、シラユキさんとジャスミンさんの剣術などは初めて見たけど、アリエルさんと同じように幼いころに基本は学んでいたらしいので、基礎はできているみたいだった。
シラユキさんは基本に忠実で、派手さはないけど堅実な印象。
魔法を使えない分、妹のためにと努力を重ねてきていたのかもしれない。それに過去、他の姉妹に比べて幾度か両親にくっついて、依頼を受けた経験が多くあるのも大きい。
ジャスミンさんは、いつも走り回っていただけのことはあって体力が異常にある。しかし、細かいことは苦手なようだった。
「オラァッ! 死ね!」
と相変わらず私に対しては稽古中に発する言葉とは思えない暴言を吐きまくるアリエルさん。
その剣による攻撃をいなすと、アリエルさんは明らかに不満そうに不機嫌になる。とはいっても、最初の頃に比べたら雑な攻撃は減ってきているので進歩は間違いなくしていた。
できれば「死ね!」「殺す!」なんていうアリエルさんの綺麗なお顔には似合わない暴力的な言葉を吐くのも止めていただけると嬉しいんだけど……。
シラユキさんやジャスミンさんと実戦形式で剣を交えるときは、アリエルさんは絶対に暴言は吐かない。私が相手をする時だけ、嬉々として乱暴な言葉遣いになっていた。
……これ、将来的にアリエルさんが私よりも強くなったら、私、真っ先に襲われそうなんだけど……大丈夫だよね???
なんて不安になったりする。
一日目ということで、アリエルさんはいつも通り。シラユキさんとジャスミンさんは午後もあるので余力が残る程度で稽古を終了する。
これからお昼ご飯を含む休憩をしてから、午後の稽古になる。
稽古をしていた庭からお屋敷に戻りつつ、私は尋ねた。
「そろそろベル様、起きてくれましたかね?」
シラユキさんとジャスミンさんは最初の稽古で疲れたのか、私の後ろをついてきていたのでアリエルさんが返事をしてくれる。
「知らねぇ―よ」
にべもなくアリエルさんが答える。
ベルさんは起きるのが苦手で、いつもお昼近くにならないと起きないということは、事前にシラユキさんから来ていた。もうお昼だし、そろそろ起きてくれないと午後からの指導にも影響が出てしまう。
「つーかよ」
「はい」
「ベルは稽古に参加しなくていいのかよ」
「いずれはそのつもりです。でもベル様は一番体力がないと思うので、いきなり剣術やら走り込みやらはダメかなって」
「あっそ」
興味なさげに言って、アリエルさんは歩く速度を上げた。
その背中を見送っていると、シラユキさんが声をかけてくる。
「クロエ」
「シラユキ様」
「アリエルのことだけれど」
「あぁ、はい。どうでした?」
「やっぱりと言うべきか、まだ抵抗があるみたいで」
「わかりました。では、午後からはシラユキ様、アリエル様と一緒にお願いします」
「ああ、任せておいてくれ……って、今はボクよりもアリエルのほうが頼りになりそうだけどね」
午前の指導でのアリエルさんを見たからだろう。シラユキさんが苦笑する。
私が指導役として着任してから毎日のように稽古をしてきたアリエルさんとの差があるのは仕方がないことだと思う。
アリエルさんは剣術だけはサボらずに毎日練習して、依頼も受けていたのだ。
そう簡単に差が埋まることはないだろう。
「それで、ボクたちは午後からは何をしたらいいかな?」
「王都付近で行える依頼をこなしてきてもらえますか?」
「依頼……ということは、実践かい……?」
「心配しなくても、午前の感じだとシラユキ様も大丈夫ですよ」
「そ、そうかな……」
「これがジャスミン様やベル様ならちょっと不安ですけど、シラユキ様なら。ですけど、最初なので本当に近場の依頼にしてくださいね。五時までには戻って来れるくらいの」
本当は私が依頼を見繕ってあげたいところだけど、ジャスミンさんとベルさんへの指導があるから時間を割けない。
まぁ、心配しなくても、いくらアリエルさんでも無茶な依頼を受けるなんてことはないだろう。
シラユキさんが一緒だから、無謀なことはしないはずだ。
「わかった。アリエルにもそのまま伝えておくよ」
「お願いします」
「あぁ。それからベルだけど、きっと起きていると思うよ」
「そうでしょうか」
昨日も夜遅くまで本を読んでいたとしたら、まだ起きていないかもしれない。
けど、私の不安を吹き飛ばすようにシラユキさんがウインクをした。
「大丈夫さ」
そのシラユキさんの言葉通り、ダイニングに行くとベルさんは起床して、朝(お昼?)ごはんを食べていた。