80.ファミリア始動の朝
今回のお話から第2章スタートです!
ファミリアとして、本格的に活動がはじまる朝がやって来た。
昨日いっぱいで謹慎が明け、今日から正式にアポロンのファミリアとして認められる。
ダイニングへ向かうと、今まで通り早起きなシラユキさんとジャスミンさんが朝食をとりながら会話を弾ませていた。
「あ、クロエ!」
「おはようございます、ジャスミン様」
「うん、おはよ!」
以前のようにジャスミンさんは元気よく挨拶してくれる。
お屋敷に戻ってからすぐは、私や姉妹への罪悪感からか、随分と大人しくなっていた。まだその気持ちは少なからず残っているかもしれない。
でも、こうやって明るい表情も増えてきているので、底は抜け出したと言っていいだろう。
ほっと一安心する。
それよりも、気になるのは一方のシラユキさん。
私と一瞬だけ目が合うと、さっと逸らしてしまった。
嫌われてしまうようなことをした覚えはない……と思うんだけど……。
「シラユキ様もおはようございます」
「あ、あぁ……おはよう、クロエ」
「お隣、いいですか?」
「え」
「あれ、ダメですか?」
「あぁ、いや。そうだったね、うん、どうぞ」
なんだかシラユキさんの態度がよそよそしい。
今までに、目が泳いでいるの何て見たことがない。
「シラユキ様?」
「ん、な、なんだい?」
「何でもないよ。でも、ほら、あれはちょっと申し訳なかったなって……」
「あれ……?」
シラユキさんが掻いている頬はほんのり染まっている。
あ、そういうことか。
どうやらシラユキさんは、あの夜のことを思い出しているらしい。
長女としては、年下の私に膝枕をされて頭を撫でられるというのは、冷静に考えると恥ずかしいことなのかもしれない。
別に気にしなくていいのに。
けれど、シラユキさんはめちゃくちゃ気にしているらしい。
私が隣に腰を下ろすと、シラユキさんは僅かに席を離した。
ちょっとショックだ。
そんな私とシラユキさんの様子にジャスミンさんが首をかしげる。
「ねぇ、ユキちゃん」
「ん?」
「クロエと何かあったの?」
直球で尋ねてきたジャスミンさんに、シラユキさんは一度咳ばらいをしてから答える。
「いや、何も?」
「そう?」
「ああ――それよりも」
うなずいて、シラユキさんが視線を私へ移す。ほっぺたはちょっぴり赤い。
「今日からクロエの指導が本格的に始まるだろう? ボクたちは具体的にはどうしたらいいのかな?」
「あ、たしかに! アタシも気になる!」
ジャスミンさんは机に身体を乗り出しそうな勢いで私を見つめる。
ファミリアとなったとはいえ、こんなにやる気を出してくれると嬉しいものだ。
指導役一日目の絶望していた私に教えてやりたい。諦めなければ、生徒たちはこんなにも自主的に学ぼうという姿勢を見せてくれるよ、と。
「とりあえず午前中は、以前と同じようにしようかなと」
「というと、アリエルとの稽古をする……ということかな?」
「基本的には、そうですね。でも、剣術を教えるってことではなくて、冒険者として基礎体力をつけて身体の動かし方なんかを覚えていただこうかなと」
「なるほど……でも、魔法はいいのかい?」
「それはお昼からしようかなって思ってます」
剣術や身体を動かすことが頭を使わない……とは言わない。
けれど、四姉妹は少なくとも母親が亡くなってから数年間は魔法を使っていない。なら、感覚にズレなども生じているだろう。
午前中、疲れない程度に身体を動かしてから魔法を使ったほうが、スムーズに指導できると思う。
……ただ、お昼はどうしても眠たくなるので、そこは気を付けて集中力が続くようにしなければ。
それに初日なので無理をさせてはいけないだろう。
ゆっくり感覚を取り戻してもらって、何日かしてから討伐の依頼に行ければいいかな。
「クロエ! アタシ、魔法がんばるからねっ!」
「はい、ジャスミン様」
「アタシね、クロエみたいになりたい。なれるかな?」
「なれますよ」
「ほんと!?」
「はい」
「やった! がんばるぞー!」
明るい笑顔を浮かべて、ジャスミンさんが両手を突き上げる。
お世辞でなく、なれると思ったから私は彼女を――彼女たちを肯定した。
というか、私程度は簡単に飛び越えていってしまうくらいの才能やセンスを四姉妹は持ち合わせている。
いるんだけど……。
「その魔法のことなんですけど」
「ん、なにか心配事でも?」
「はい。アリエル様、魔法は絶対に使いたくないって言っていたので、午後からどうしようかなって」
「どうしようって」
シラユキさんが目を丸くさせる。
「もしかして、あいつが嫌がれば指導を受けなくてもいいと言うつもりなのかい?」
「強制的に行うつもりはありません。もちろん、シラユキ様もジャスミン様も、嫌なら断ってくださって結構です。また初日ですし、できることをやればいいですから」
アリエルさんは剣術をずっと頑張っている。
そのことを私は見てきているので、ここに来て魔法を強制的に指導しようとは思っていなかった。
上手くいっている(たぶん)関係性を崩したくないし、下手に詰め込んでも頭がパンクしてしまう。本人が嫌がるのであれば、急いで教える必要はないだろう。
それはいい。
だけど、仮に断られた場合は、その時間、アリエルさん一人だけ別のことをしてもらうことになる。
それを考えなければならないので、本人の意思を確認しておきたかった。
「アリエル様、魔法の指導を受けてくれますかね?」
「わからないけど……ボクが聞いておこうか?」
「いいんですか?」
「あぁ、君には世話になったからね」
ウインクをするシラユキさん。
「それじゃあ、お願いしても」
「あぁ、任せておいてくれ」
ふふっと柔らかな笑みをシラユキさんは浮かべる。
ようやく、いつもの王子さまのような振る舞いが戻って来ていた。
「あ、そうだ」
「どうかしました?」
「もし、アリエルが魔法の指導を受けたくないと言ったら、あいつだけあぶれてしまうよね?」
「そうなりますね」
「どうするんだい? まさかとは思うけど、サボってもいいなんてことは」
「ないですないです。別のことをしてもらおうかなって」
私が言うとシラユキさんは「よかった」と息を零す。
「あいつが一人になるようだったら、ボクがアリエルと一緒にいようか?」
「シラユキ様が」
「うん」
なるほど……。
それなら王都周辺の簡単な依頼くらいは、受けてもらってもいいかもしれない。
一人なら少し心配だけど、二人なら大丈夫だろう。
それに、シラユキさんは魔法を上手く制御できないと言っていた。
妹であるジャスミンさんの前で使用するのは避けておきたいだろう。久々の魔法だから失敗しても仕方ないし、ジャスミンさんやベルさんが笑うとは考えられないけど。
でも、シラユキさんがアリエルさんと一緒にいてくれるというのであれば、お願いしよう。
「シラユキ様がいいのでしたら」
「ボクは構わないよ」
「たしかにアーちゃん可哀そうだけど、ユキちゃんは魔法はいいのー?」
「よくは、ないかもしれないね……」
「でしょー?」
ジャスミンさんの問いかけにシラユキさんは苦笑する。
もしかすると、ジャスミンさんはシラユキさんが魔法を上手く制御できないことを知らないのかもしれない。
だったら、と私は助け舟を出す。
「だったら、シラユキ様は夜にでも少しやりますか?」
個別で行えば、妹たちに魔法を見られることもないだろう。
一度、シラユキさんの魔法を見ておかないと。
実際に見なければ、どのように制御できないのかわからない。どうやって指導をすればいいのかもわからない。
「いいのかい? ボクのためにそんな、クロエの迷惑に……」
「私は構いませんよ。シラユキ様さえよろしければ」
「ボクも、うん。してもらえるのならありがたいよ」
「では、そうしましょう」
「……ありがとうクロエ」
「いえ、気にしないでください」
言って、私はジャスミンさんへ顔を向ける。
もしそうなった場合、お昼の魔法の指導はジャスミンさんとベルさんの二人だけになる。
三人よりはそれぞれに時間を割いて、たっぷりと教えることができるだろう。
「な、なに?」
「そうなったら、お昼はジャスミン様に集中して行うので、覚悟してくださいね!」
「が、がんばる……っ!」