8.四女・ベル
お昼ご飯を食べた私は、ティナさんに寝室へと案内された。
やはりと言うべきか、この部屋も広い。
ここがギルドだったら、新人冒険者5,6人が共同生活を送るのにも申し分ないくらいである。
そんな広い部屋が私一人の個人スペースになるなんて、夢のようだった。ギルドの部屋はここの三分の一ほどの広さだったのである。
「ではクロエさん。私は屋敷のどこかにいますので、何かありましたら遠慮なく呼んでください」
丁寧に頭を下げて、ティナさんは部屋を出ていった。
一人になると、余計に広くて少し寂しく感じてしまう。正確にはシャルもいるから一人とは言えないかもしれないけど。
ベッドやドレッサー、額縁に入った花の絵画など、部屋の中を見渡してみる。
窓から景色を見ると、この部屋は街と離れた位置にあるようで森林とその先にある湖を見ることができた。
とりあえず、一息つこうとベッドに腰をかける。
真っ白な生活感のあるお布団は、とてもふかふかだった。簡単な魔法くらいなら防げてしまうかもしれない。
なんて考えていると、思い出した。
案内してもらっている途中にあった部屋の扉の前に、食器の乗ったお盆が置いてあったのだ。
あそこが間違いなく、三人目の姉妹がいる部屋だろう。
四姉妹の全員と早めのファーストコンタクトをしておいて、悪いことはないと思う。
「よし、行きますか」
立ち上がって、部屋を出る。
戻って来られるか不安だったけど、たぶん大丈夫。広いお屋敷だけど迷宮ってわけじゃないのだ。
例の部屋の前にやって来ると、お盆はまだ同じ位置に置いてあった。
ただ、料理は全部綺麗に食べられているみたいだ。
「あの、すみません」
ノックをして話しかけてみるも、返事はない。
絶対に中にはいると思うんだけど。もしかして、寝てる? でも、食べてすぐ寝たらブタになるって言うし、お嬢様はしないだろう。
ノックを続ける。加えて、どれだけ話しかけても返事は相変わらずない。
「うーん……」
無視されているのだろうか。
でも、私が来てるって知らないと思う。
ならば、倒れたりしている……!? 不安になった私は、失礼は承知だけど勝手に入らせてもらうことにした。
ゆっくりと扉を開ける。鍵はかかっていないみたいだ。
「わぁ……」
部屋に入って目に飛び込んできたのは、大量の本。本という本が山脈のように立ち並ぶ本棚を埋め尽くしていた。床には入りきらなかった本が所狭しと散乱している。
魔法書を求めて本屋さんには何度もいっているけど、これだけの本があるのは見たことがない。
本棚を眺めながら、奥へ進む。
どうやら、ここにあるのは物語が多いみたいだ。有名な作家の作品もあれば、全く知らない作品もある。魔法書もなくはないみたいだけど、些細なもの。
魔法は使わないみたいなので、当たり前か。
「いたっ……」
背表紙を見ながら進んでいると、不意に床からそんな声が聞こえた。
慌てて視線を下げる。
「わ、ごめんなさい……」
「…………誰」
本棚に背をもたれるようにして、腰まで伸びた長い銀髪の少女が床にペタンと座っていた。
手には分厚い本。彼女の周りには大量の本が雑多に積み重ねられている。
少女の身体はアリエルさんやジャスミンさんよりも華奢で、目の下にはクマができていた。
不機嫌そうな瞳で私を見つめている。
「すみません、私は今日から指導係となったクロエです」
「ふーん……」
興味など微塵も感じられない返事をされる。
少女は視線を本に戻した。ページをめくる音がする。
「えっと、お名前を教えていただいても……?」
「…………」
「あの? 四姉妹のどなたですか?」
「………………」
完全に無視されていた。
っていうか、本の世界に入ってしまったみたいだ。私を見ていた時とは打って変わって表情が緩んでいる。
気持ちはわからなくはない。でも、名前くらいは教えてほしい。
「長女の方ですか? それとも四女?」
「…………」
「ティナさんのご飯、美味しかったですか?」
「………………」
ダメだこりゃ。
まったく反応すらしてくれない。返事をしてくれそうな気配もない。
私はポリポリとほっぺたを掻いて、思案する。
このまま話しかけ続けても鬱陶しいと感じられてしまうかも。話す気がないのなら、次の機会にすべきだろう。
ただでさえ、アリエルさんには嫌われているのに、この少女にも嫌われちゃったら今後に支障が出てしまう。
今は諦めて、部屋を出ることにした。
扉を開いて廊下へ出ると、ティナさんがやって来た。食器を受け取りに来たのだろう。
「あ、クロエさん。こちらにいらっしゃったんですね」
「姉妹の皆さんに会っておこうかなって思って」
「どうでしたか?」
「いやー、会話をしてもらえませんでした……」
会話と呼べそうなのは、「誰?」「クロエです」のところだけだった気がする。
しかも私は答えたのに、返ってきたのは「ふーん」とまるで興味のない言葉。そしてその後は無視が続いた。人によっては泣いちゃうかもしれない。
「そうでしたか……」
「あの、この部屋にいるのは?」
「四女のベル様です。年齢は13歳です」
あの少女は四女、末っ子というわけか。
残すは長女か。
この三姉妹の姉。
うーん。想像がつかない。
「ティナさん。長女の方はどちらに?」
「すみません。朝からお姿を見ていなくて……夕方には帰って来ていただけると思うのですが……」
私が昼に来るって知っているのに朝から出かけた……?
確信犯じゃないか……。
四女(末っ子) ベル=ヴァレル
13歳。銀色の腰まで伸びたロングヘア。座った時に自分で敷いてしまう長さになったら髪を切るようにしている。