78.シラユキのコンプレックス
カタリナさんとの試合を終えて、一件落着となった日の夜。
久々に四姉妹が揃って夕飯を食べるということに加えて、ジャスミンさんおかえり会、ファミリア決起集会という意味合いも相まって、楽しいご飯の時間となった。
その後、入浴して私は自分の部屋でゆっくりとしていた。
とはいえ、どうしてもカタリナさんとの試合の反省をシャルとしたり、謹慎明けから始める指導の内容を考えたりしてしまう。
……あ、そういえば。
ファミリアの名前を考えなくてはならない。アポロンのファミリアとして創設されるとはいっても新しいギルドであることに間違いはないので、名前が必要だ。
四姉妹に相談して決めないと。
今日は疲れたので、明日話を切り出してみよう。
なんて思っていると、不意に扉がコンコンとノックされた。
「はい」
「ボクだ」
「シラユキ様?」
何の用事だろう?
前にもこんな感じで夜にシラユキさんが私の部屋に来たことがあったな、なんて思い出しながら私は扉へ向かう。
扉を開けた先にいたシラユキさんは入浴を終えていたようで、ワンピーススタイルの寝間着姿だった。スタイルの良さがより強調されていて、私はさっとシラユキさんの顔へ視線を移す。
綺麗な銀色の長い髪はしっとりとしていて、いつものリボンで結われていなかった。より大人びた印象を受ける。
「クロエ?」
「あ、すみません。いかがしました?」
「少し、クロエと話がしたくて。ダメかな?」
「話ですか。構いませんけど」
「ありがとう」
「えっと、私の部屋でいいです?」
「あぁ、そうさせてもらおうかな」
四姉妹の誰かを部屋に入れるのはこれが初めてではないだろうか。ちょっと緊張してしまう。
元々の持ち物が少ないということもあるけど、綺麗に使っていてよかったなと思う。
私がベッドに腰かけると、シラユキさんも隣に座った。
「それで、お話というのは……?」
「……改めて、クロエに感謝を言っておこうと思って」
「感謝、ですか?」
「あぁ」
シラユキさんは肯定し、目を伏せると頭を下げた。
「今回のこと、本当にありがとう。クロエがいなければ、ボクたちはどうなっていたか……」
「それはもういいですって。私はシラユキ様たちの指導役として当たり前のことをしただけですから」
「だとしてもだ。本当に迷惑をかけてしまったと思っている」
「頭を上げてくださいシラユキ様。それに感謝も謝罪も四人から十分にしてもらってますから」
試合が終わった闘技場でもそうだし、お屋敷への帰り道でもそう。
夕飯のときにはティナさんも加えた五人に、私の一生分の「ありがとう」を言ってもらった気がする。
「解決したことなんですし、もう気にする必要はないですって」
「でも……ボクは長女で……」
「私がいいって言ってるんですから、いいんです。シラユキ様、まさかこの話をするために、わざわざ来てくれたんです?」
「いや、それは……」
「だったら私はいいですから。長女なら、今はジャスミンさんやご姉妹と一緒にいてあげたほうがいいと思います」
「……そうだね」
ジャスミンさんにはきっと、まだ姉妹への申し訳なさとか罪悪感が残っていると思う。
気丈に振舞っていたとはいえ、精神的に不安定だろう。当たり前だ。
でもそれは、今後少しずつ姉妹へ感謝の気持ちを返してあげたらいいと思う。今回は助けてもらったかもしれないけど、将来はきっとジャスミンさんの力が必要となるときが来るのだから。
だから今は、一番のお姉さんであるシラユキさんが側にいてあげるべきだろう。
それだけで空気が穏やかになるというか、姉妹がまとまると思う。シラユキさんの性格もあると思うけど、今までお姉ちゃんを長年しているだけあって、妹たちから信頼されているのは私も十分に理解していた。
「そうですよ。それに私は、謝られるよりも謹慎明けからの指導で無理なく頑張ってくれたら嬉しいです」
「はは……クロエの言う通りだね……」
乾いた笑い声を零して、シラユキさんは寝間着の裾をぎゅっと握る。
「実は、そのことも、話したくて……」
「そのこと?」
「指導のことさ。クロエにはお世話になって迷惑をかけたし、それ以上にファミリアとして、これからも四人でいるために指導は受けさせてもらおうと思っている」
だけど、とシラユキ様は視線を俯けて、続ける。
「その前に、クロエには話しておくべきだと思ったんだ。ガッカリ……はするかもしれないけど、笑わないでほしい」
「聞かせてください」
「……クロエはボクたちが父上や母上から魔力も引き継いでるっていうのは知ってると思うんだけど」
「ティナさんから聞いてます」
魔力の保有量というのは遺伝する部分が大きいので、ギルドマスターの娘さんと聞いた時点でそうだとは思っていた。
魔法を使えないのではなく、使わないとティナさんに初めに聞いているわけだし。
シャルも言っていたので、間違いない事実だ。
シラユキさんたちは普通の人よりも何倍も恵まれた、優れた綺麗な魔力を持っている。
「ボクもね、魔力自体は受け継いでいるんだ。幼い時から色々な人に言われてきたよ」
「私も素晴らしい魔力をお持ちだと思っています」
四姉妹の四人とも、初めて会った瞬間に持っている魔力のポテンシャルの高さは理解できた。
それだけに私にかかるプレッシャーも半端ないのである。
「ふふっ、ありがとう」
「いえ、本当のことですから」
「でもね……ボクは妹たちとは違って、持っているだけなんだ」
「どういうことですか?」
首をかしげると、シラユキさんは自嘲するように、とても悲し気に微笑んだ。
「ボクは――魔法の制御が全くできないんだ」