77.帰りましょう
サンズさんとカタリナさんが去ったあと。
気が付けば、観客席にも人はいなくなっている。闘技場には私と四姉妹だけが残されているみたいだった。
不安げな表情で、サンズさんたちがいなくなった出入り口を眺めているジャスミンさんのところへ行く。
「ジャスミン様」
「クロエ……あの、アタシどうしたら」
「一緒に帰っていい……ってことじゃないですかね?」
サンズさんがアポロンへ来いと言わなかったのは、そう言うことだと思う。
そもそも、ジャスミンさんは今のところ無所属の冒険者という扱いだ。謹慎中の私たちとは違って、どこへ行ってもいいのである。
「そ、そっか……クロエ」
「はい?」
「ありがと……それと、ごめんね……」
「気にしないでくださいよ」
「だ、だって。アタシのせいなのに、クロエ、あんなに頑張ってくれて……」
「いいんですよ、私はジャスミン様の先生なんですから」
さすがにカタリナさんとあんな試合をすることになるのは予定になかったけど、結果オーライである。
私もあれだけ頭も使って魔法もたくさん使ったのは久しぶりで、少し楽しかった。それにカタリナさんに監督役にもなってもらえたのだ。
思っていた以上の成果なのだから、文句はない。
「それにお礼も謝罪も言うべき人たちは私ではなくて、別にいますよ。ほら」
私の言葉で俯いていたジャスミンさんが顔を上げる。
私の視線を辿った先には、こちらへやって来るシラユキさんたちがいた。
「ジャスミン!」
「ユキちゃ――」
三日ぶり? くらいの対面だったからか、ジャスミンさんはばつが悪そうに目を泳がせた。
だけど、長女はお構いなしにジャスミンさんに真っすぐ駆け寄る。そして、ぎゅっと強く抱擁した。
「ゆ、ユキちゃん……!?」
「ジャスミン、すまなかった……」
「え、え?」
「ボクが頼りないばかりに、ジャスミンにつらい思いを、選択をさせてしまった」
「ま、待ってユキちゃんは別に」
「いいんだ。それはボク自身が一番わかっていることなんだ。だけど、もう二度とこんなことは言わないでくれ。ボクたちは四人で姉妹なんだから」
「ユキちゃん……」
「誰か一人が悪いなんてことはないよ。姉妹なんだから、ボクたちに遠慮なんていらないよ」
二人が抱き合っている様子を、ベルさんは優しく見守っている。
アリエルさんは照れくさいのか、横を向いていた。だけど、やはり気になるようで、ちらちらとシラユキさんとジャスミンさんのことを見ている。
「ジャスミン。さっきアリエルとベルと話したんだけど」
「うん……」
「犬を飼わないかな。もちろん、ジャスミンが猫がいいというのなら、そっちでもいい」
「え……? う、うん……アタシは嬉しいけど……」
予想だにしていなかったシラユキさんの提案に、ジャスミンさんが首をかしげる。
どうしてそんな話になったのだろう、と。
「クロエ、ダメかな?」
「いえ、私は構いませんが……」
きっと、シラユキさんたちなりにジャスミンさんを元気づけようと考えたのだろう。
私としては大賛成である。指導の間に癒しとして活躍してくれること間違いなしだ。
だけど……。
「アリエル様はいいんですか?」
尋ねると、アリエルさんは鼻を鳴らした。
「別に、いいんじゃねぇの? オレの部屋に絶対に入れねぇんならな!」
「アーちゃん……」
「けっ、それに世話はお前がしろよ」
「あ、アタシが……?」
ジャスミンさんが目を大きくさせる。
今回、自分が森で地竜を飼っていたことが騒動の原因となったので、まさか自分がお世話をできるとは思っていなかったのかもしれない。
「当たり前だろ」
「う、うん……ベルもそう思う……。ジャスミン姉様が一番、知ってるわけ、だし……」
「そうだね。ボクも同意見だ」
「み、みんなぁ……」
シラユキさんがふふっと全てを包み込むような、お姉ちゃんらしい柔らかな笑みを浮かべる。
「だから、ジャスミン。君がいなくなるとボクたちが困ってしまう。だからというわけじゃないけど、これからは一人だけいなくなるなんて、もう言わないでくれ」
「うん、ありがと……もう言わない……」
ジャスミンさんのシラユキさんの背中へ回していた手に入っていた力が強くなったのがわかった。
同時に、ジャスミンさんの目から涙がこぼれる。
「アタシも……みんなとずっと一緒がいい……ごめんねっ、ごめんね……」
ジャスミンさんがシラユキさんの胸へ顔をうずめる。その間、シラユキさんは静かにジャスミンさんの髪を撫でていた。
やがてジャスミンさんが落ち着きを取り戻すと、シラユキさんはゆっくり身体を離す。
「クロエ、本当にありがとう。君のおかげで、ボクたちはボクたちでいられる」
いつの間にか私の近くに来ていたベルさんに袖を引かれる。
「クロエ……すっごく、カッコよかった……」
「ありがとうございます、ベル様」
これで一件落着、と言っていいだろう。
とはいっても、これで終わったわけでは決していない。むしろ、これは始まりである。
「さて。みなさん、わかっていると思いますけど、大変なのは謹慎明けからですよ。今まで通りってわけにはいきませんから」
「あぁ、わかっているよ」
「上等だ」
「アタシ、がんばる」
「べ、ベルも……っ」
育成機関としてファミリアと認められた以上は、なんの進展もない、というわけにはいかないのである。
すぐに一人前の冒険者に……なんて上手くはいかないけど、少しずつでもレベルアップしている姿は見せねばならない。
四姉妹の引き締まった表情を見ても、それは理解してくれているのだろう。
でもまぁ、とりあえず。
「シラユキ様、アリエル様、ジャスミン様、ベル様」
私は四人の、正直言えばとても手のかかる生徒を呼ぶ。
「帰りましょうか」
私の言葉に、四人は互いに顔を見合わせて表情を緩めた。
「そうだね」
「あぁ」
「うん!」
「う、うん……」