76.ファミリア
「——そこまでッ!」
サンズさんの声が会場に響いて、私とカタリナさんはお互いに剣を鞘へ戻した。
試合の内容は引き分け、だろう。負けはしなかったけど、勝てなかった。
果たして試験の結果はいかに。
緊張しつつ待っていると、観客席からサンズさんがこちらへやって来た。その隣にはジャスミンさんの姿がある。二人の後ろからは、シラユキさん、アリエルさん、ベルさんも歩いてきていた。
「いやいや、クロエ君。実にいいものを見せてもらったよ」
「……ありがとうございます」
「さて、試験の結果が気になっているだろうが」
サンズさんがカタリナさんへ視線を送る。
「カタリナ、手合わせしてみてどうだった?」
「そうですね……正直、想像以上でした。恥ずかしながら、試験であることを少し忘れてしまいました」
「ははは、そうだったのか。見ていて、随分楽しんでいるとは思ったが」
「申し訳ありません」
「いやいや、構わない。では、カタリナは合格をあげてもいい、ということでいいかな?」
「はい。クロエ、一つ確認なのですが」
突然カタリナさんに話を振られたので、準備しておらずビクッと肩を揺らしてしまった。
……少し油断していた。
「な、なんでしょう」
「あれが100%というわけではありませんよね?」
疑問形ではあるが、確信をもっている言い方だった。
さすがはカタリナさんである。
しかし、それはお互い様だ。カタリナさんだって、あれが本気でないのは火を見るよりも明らかなのである。
とりあえず私は「あはは」と笑ってとぼけてみることにした。
「……いや~、どうですかね」
「まぁ、そういうことにしておきましょうか」
薄っすらと笑みを浮辺て、カタリナさんは言及を避けてくれる。
「ええ、マスター。私はクロエのアポロンへの加入、及びファミリアのギルドマスターとして歓迎します」
「お前が言うのであれば間違いないだろうし、私も同じ意見だ。クロエ君」
「は、はいっ」
「我々は君を心から歓迎するよ」
「……! 本当ですか!?」
歓迎する。つまり、私をアポロンの冒険者として認めてくれるということ。
サンズさんは私の反応に苦笑する。
「あぁ、嘘は言わない。それとギルドマスター試験のほうだけど、そちらも問題なく合格するだろう」
「よかったぁ……」
「だが、君たちはまだ謹慎中だ。それは忘れないように」
「あ、そうですね……気をつけます」
「うむ。謹慎が明けたら、正式に君のファミリアを創設するとしよう」
サンズさんが言うのであれば、間違いないだろう。
まぁ、四姉妹――つまり四人が所属できる規模のギルドであれば、マスターになるのは、そこまで難しい話ではない。
今回の場合は、カタリナさんと試合をしたうえでカタリナさんとサンズさんを納得させて、アポロンに所属するのが一番の壁だったのである。
サンズさんの言う通り、私たちはまだ謹慎中で、創設してから頑張らないといけないのは理解している。だけど、ようやく安堵の息を零すことができた。
「マスター、クロエのファミリアのことで提案なのですが」
「何だ?」
「私を監督役に任じてくださいませんか?」
「カタリナを」
「はい。私の名前があれば、ある程度は内外どちらの不満の声も減らすことができるかと」
「私は構わないが」
サンズさんが私へ顔を向けたので、カタリナさんも同じく私を見つめた。
「クロエ、どうでしょうか。勘違いがないよう言っておきますが、あなたの方針に口を挟むつもりはありません。ただ、お嬢様たちの指導で私に手伝えることがあれば、遠慮なく言ってください。そうした意味でも私が監督役を引き受けたほうが都合がいいと思うのですが」
「そうですね……カタリナさんがいいのであれば私はお願いしたいです」
カタリナさんの名前を借りられるのは大きい。
それに、剣術に関して言えば私よりもカタリナさんに指導をお願いしたほうがいいと思う。カタリナさんを相手に稽古ができるなんて、贅沢なことである。
「ではそうしましょう。これからよろしくお願いします、クロエ」
「はい。こちらこそ、ご迷惑をおかけすることにはなると思いますけど……」
「構いませんよ。私だってお嬢様たちに一人前の冒険者になってもらいたいんです。それにあなた、クロエのことが少し気に入りました」
「え、私ですか……?」
カタリナさんがシラユキさんたちのことを心配するのは理解できる。
だけど私とは今までほとんど会話もしたことがないような間柄だったのだ。さっきの試合でお互いのことを多少知ったくらいである。
「ええ、あなたです。また試合をしましょう?」
「えっと、機会があれば……あはは……」
私としては、できれば二度とカタリナさんと試合をするようなことは勘弁してほしい。
今回は運よく引き分けとなったけど、次は完膚なきまでに敗北してしまう可能性だってあるのだ。
できれば、このまま引き分けのままでいたい。
私とカタリナさんの話が一段落したのを見て、サンズさんが言う。
「クロエ君。私たちはこれから王城へ報告して来る。君たちは謹慎中の身だ、寄り道せずに屋敷へ戻りたまえ」
「はい。娘さんたちとそうします」
私の返事にうなずいて、サンズさんはすぐ後ろに控えていたジャスミンさんへ振り返る。
「ジャスミン。お前は特にクロエ君に感謝するように」
コクッとジャスミンさんが首肯する。
続いて、サンズさんは私たちのほうを心配そうに見つめていたシラユキさんたち三人へ声をかけた。
「シラユキ、アリエル、ベル。お前たちもだ。こんなにお前たちのことを考えてくれる指導役はいないぞ。クロエ君との出会いを大切にして励みなさい」
「……わかってます、父上」
口に出して答えたのはシラユキさんだけ。
けど、アリエルさんはサンズさんから目を逸らさない。若干睨んでいるような気がしないでもないが、しっかり受け止めているように見える。
ベルさんは本当に微妙だけど、ちいさくうなずいたように見えた。
サンズさんの目には、娘たちの反応はどう映ったのだろうか。
私には心の中は理解できないけど、何も言わずにサンズさんは私へ再び顔を向けた。
「では、クロエ君。私たちはこれで失礼する」
「クロエ、また」
カタリナさんが軽く会釈して、王城へと向かうサンズさんを追いかけていった。




